02:歓迎会
イーストゲート・ストリートにある、一軒の居酒屋。そこに集まったデッカード部隊のメンバーは、大きなビールジョッキを酌み交わしていた。
「乾杯!」
ボスを含めての飲み会は、実はかなり久しぶりである。捜査官たちのみではよく行くのだが。ボスもそれを知って文句を言う。
「お前ら、いつもこういう所で楽しそうにしてるのか?」
「そんなにしょっちゅうではないですよ」
「嘘吐くな」
ボスの両横に座っているのはサムとビリーである。
「どうせ仕事の愚痴ばっかり言ってるんだろ。まったくよお、俺だって早く帰りたいんだぜ?」
「ボスはそんなに遅くまで残っていらっしゃるんですか?」
ビリーが恐々とした表情で聞く。
「そうだ。こいつらが仕事すると、俺の仕事も増えるからな」
「じゃ、俺、仕事はほどほどにします!」
ボスの正面に座っているノアが飄々と言うと、ボスは彼を小突くような仕草をする。
「仕事もそうだが、私生活もどうなっとるんだ、お前は」
「うげえ、管理職だからってそんなところまで管理しないで下さいよ」
ボスはどうやら、ノアが女性関係にだらしないことを知っているらしい。
「最近はもう、そんなに遊んじゃいませんよ。面倒な女は次々と切ってます」
「あら、こわいこと言うのね」
アレックスが茶化すと、ノアはポリポリと頬をかく。
「エンパシー、便利っすよ? ちょっとでも愛想つかされたと判ったらサヨナラできますし」
「お前は自分の能力を一体何に使っとるんだ……」
ボスの呆れ顔を無視して、ノアはビリーに話しかける。
「ビリー、こんなこと言われねえ内に、とっとと身を固めとけよ」
「あのう、オレ、もう結婚しています」
「ええっ?」
ボスとビリー以外の全員が驚く。とてもではないが、彼はまだ結婚しているような年頃に見えないのだ。
「ハイスクール時代からの付き合いでして。就職から一年後に、結婚したんです」
「へえ、そんなに若いのにしっかりしてるなあ。で、どんな子?」
ノアはやっぱり女性の話題になるとしゃしゃり出たがる。
「いや、普通の子ですよ。とりたてて美人ではないです。まあ、家事は全てやってもらってますし、その点は感謝してます」
「専業主婦か。今どき珍しいな」
ノアが心底興味深そうな顔でビリーを覗き込む。牛肉のサイコロステーキが運ばれてきて、それに手をつけながらボスが言う。
「そういうわけだ。あまりビリーをこき使ってやるなよ? 家で待っている奥方が可哀相だ」
「だ、大丈夫です。妻は仕事に理解がありますから」
「俺も初めの内は、そうだったなあ……」
ボスは肉を噛みながら思い出にふけっている。彼はもう社会人の息子を持つ身で、結婚してから長いはずだ。
そんな会話には特に加わらず、淡々とビールを飲んでいたマシューだったが、アレックスに目配せをされる。
「いいタイミングじゃないの?」
「ん、どうかしたか?」
ボスの視線がマシューに移る。マシューはビールジョッキを置き、ぽつぽつと話し出す。
「実は俺も、結婚することになりそうでして……」
「何、本当か!」
悪人顔をほころばせるボス。悪だくみを考えているようにしか見えないが、本当に喜んでいるらしい。
「それは良かった! プロポーズはもうしたのか?」
「いえ、その、明後日しようと思ってまして」
「ほほう!」
ボスは前のめりになってマシューの次の句を待つ。
「上手く行った際は、また、ご報告いたしますので」
「そうかそうか! いい報告を待っとるよ!」
ボスの機嫌はうなぎ登りだ。それはいいのだが、とマシューは不安に思う。この様子だと、三次会まで引きずり回されるのは確実だからだ。同僚たちだけの飲み会と違い、上司がいるとそれなりに気を遣わねばなるまい。
予定通り、というか何と言うか、三次会を終えたマシューは、ぐったりとした面持ちでリタの待つマンションへと帰る。
「お帰りなさい、マシュー。わっ、お酒臭いわね」
「すまんな、リタ」
「今日は上司と飲み会だったんでしょう? 仕方ないわね」
リタは豊かな栗毛を胸元で揺らしながら、にっこりとほほ笑む。
彼らの住む3LDKのマンションの中身は、ほとんどリタの趣味で構成されている。とはいえ、彼女はインテリア・デザイナーなので、すっきりとしていて嫌味の無い家具ばかりが揃っている。
モスグリーンのソファに腰を下ろしたマシューに、リタがミネラルウォーターを差し出す。
「それで、明後日は休み取れたのよね?」
「ああ、もちろん」
二人の付き合った記念日。もう何回もその日を迎えてきたが、明後日は一層特別な日だ。マシューは、自分の部屋に隠してある婚約指輪のことを思う。
「店の前で、別々に待ち合わせしましょう。その方が新鮮だわ」
「そうだな」
リタはもしかして、勘付いているのだろうか?そんな気持ちを抱えながら、その日マシューは眠りについた。
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