12:アレックスとマシュー
アレックスを抱きかかえたのは、ノアだった。
ベッドに横たわるアレックスを見て、ノアは最初死んでいると勘違いしたらしい。脈を取り、呼吸をしていることを確認し、ようやく安堵の表情を浮かべた。
「ボスから聞いたぜ? お前、単独行動しただろ。バカだなあ」
手足はまだだが、ようやく声が出せるようになったアレックスは、強がりを言って見せる。
「こうして生きてるんだから、別にいいじゃない」
「当たり前だ」
クレマチスは既に機動課が制圧しており、残っていた従業員たちは一人残らず取り押さえられている。アレックスを救急車まで運んだノアは、そのまま病院までついていくことにする。
「由美子に会ったわよ」
ノアは少し驚いた表情を見せるが、デニスもクレマチスにいたという情報は伝わっていたらしい。すぐに納得したようだ。
「彼女は多くを語らなかった。けれど、ジョンソン・ファミリーがクレマチスと関わりがあるのは確実ね」
「それで、こんな時に聞くことじゃないとは思うんだが……あいつ、元気だったか?」
アレックスは、こんな体調でなければ大笑いしてやりたい気持ちになる。ああそうか、なんだかんだ言って、ノアは彼女のことを、まだ。
「そりゃもちろん、元気だったけど。昔の面影は……消えてしまったようね」
ノアの通信機から、ボスとマシューの会話が聞こえてくる。
「バンが横転し、止まりました。車を降ります」
「充分注意しろよ!」
アレックスは状況が分からず、不安そうな顔をする。
「アンドロイドたちがバンで逃げたんだ。マシューがそれを追った。さっきの会話を聞く限りじゃ、一応、捕まえられそうだな」
「マシューにはきっと、怒られるわね」
「ああ、怒られろ。でもその前に、体調を治せ。後の事はマシューたちがやってくれる」
バンは二車線の高速道路の真ん中で、運転席を下にして、真横に倒れていた。
マシューが近づくと、運転手の頭が潰れているのがわかった。もう助からないだろう。
助手席に座っていたドリスは、窓から身を投げ出され、タイヤの脇に倒れている。彼女もすでに事切れている。
車内では、アンドロイドたちがうごめいている。危機回避のため、車から脱出しようとしているのだ。
「何てこったい」
マシューは一人呟く。地獄絵図だ。応援のパトカーが来て、職員たちがバンの周囲を取り囲み始める。死体とアンドロイドたちの処理は、彼らに任せればいいだろう。
「ボス。経営者と見られる女は死亡しました。アンドロイドはおおよそ無事なようです」
「わかった。それと、ノアから連絡が来た。アレックスは無事だ、救急車に乗っている」
それを聞いて力の抜けたマシューは、車に寄りかかる。
「バカ野郎、って言っておいてください」
「了解だ。奴の軽率な行動については、後ほど問いただすとしよう」
同時刻。ジョンソン・ファミリーの本邸では、ドンとデニス、レイチェルが一堂に会していた。
「失望したよ、デニス。私は、アンドロイド関係のいざこざは、アリスだけでもう充分だと思っていた」
「申し訳、ありません」
「しかし、過ぎたことはもう良い。もうこれ以上、勝手なことはせんでくれ」
アレックスたちがデニスの姿を見てしまっているので、警察が彼とクレマチスの関係を追及してくるのは確実だとレイチェルは思う。しかし、デニスなら上手く処理するだろう、と彼女は気楽に構えている。デニスはただの色ボケではないと知っているのだ。
ただし、今回の件で、レイチェルとデニスの地位は均衡が崩れつつあった。レイチェルにはソフィアの失敗があるが、ドンの中では既に大した問題では無くなっているようなのだ。
「ではドン、あたしはこれで」
「うむ。レイチェルはもう行っていい」
レイチェルは一人、席を立つと、ドンの書斎から出ていく。
門の前には、ケヴィンが車を停めて待っており、レイチェルはゆっくりと助手席に座る。
「今夜はもう、外食でいいよな?」
「ええ。中華でも食べに行きましょう」
道中、レイチェルは考えていた。なぜ、デニスやドリスは、アンドロイドなんかを愛するのだろう、と。
彼らは人の形をしており、違法改造すれば性行為も可能だが、所詮は機械、感情に見えるそれはただのプログラム。虚しくはないのだろうか。レイチェルには理解できない。それは、自身がエンパスだからだろうか。
「あたしにはしばらく、大型犬がいるからいいわ」
ひとり言のつもりが、ケヴィンにばっちり聞こえていたようだ。
「お嬢、オレってまだ犬扱い?」
「そういうこと」
そのまま二人は、ネオネーストの繁華街へと消えていく。
アレックスは、病院のベッドに寝かされていた。既に手足は動くようになったのだが、どんな薬物を打たれたのかがわからないため、絶対安静を言いつけられていた。
マシューは黒いスーツのまま、アレックスのもとへ現れた。着替える暇さえ惜しかったのだろう。アレックスはそれが嬉しかった。
「具合はどうだ?」
「うん、平気。そんなに変な薬じゃないし」
「何でわかるんだ」
「打った本人がそう言ったからよ」
アレックスは、レイチェルと会ったことについて話し出す。
「彼女、もう変わってしまったんだ、って実感した。昔のあの子は、もうどこにもいない」
「そうだな。はっきり言って、うちとジョンソン・ファミリーは敵対関係だ。昔の友人のことはもう、忘れろ」
これから捜査はどうなっていくのだろう、とアレックスは思う。デニスはただの客としてクレマチスに来ていたのではなく、資金を提供していたのだろうとアレックスは推察している。
しかし、デニスを追い詰めようにも、証拠がほぼ存在しない。ドリスも死んだ今、どう捜査すれば、という所まで考えて、事態は既に自分たちの手を離れていることに気付く。ここからは、組織犯罪課の仕事になりそうだ。
「お前、色々考え込んでるだろ」
「あは、ばれた?」
「今日はもう寝ろ」
「じゃあ、私が眠るまで、ここに居てよ」
アレックスはそう言うなり、瞳を閉じる。それから数分後、安らかな寝息が聞こえてきたが、マシューはしばらくそこを動かず、相方の整ったまつ毛の先を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます