09:二つ目の内偵





 アレックスは、また別の娼館に内偵に来ていた。しかし、今回もどうやらハズレのようだ。


「こんにちは。エリンです」


 アレックスは、前回と同様、マッサージを頼み、会話をする。


「お兄さん、何してる人なんですか? こんな時間に、店来れるなんて」

「これでも普通の会社員だよ。今日はたまたま休みなんだ」

「そんな綺麗な顔して、会社員? 本当かしら」

「信じるかどうかは、君に任せるね」


 しばらくは、何気ない世間話が続く。アレックスは、サムと話したことを思い返す。表向きは娼館の営業をしていないかもしれない、と。


「この辺りの客層ってどうなの?」

「変な人もたまにはいるけど、割と紳士的だよ? お金持ちもけっこういるし。なんせ、ウィロー・ストリートといえばカジノがあるくらいだからね」


 カジノ。アレックスは、マシューと通りを探索したときのことを思い出す。


「それって、通りを登りきったところにある?」

「そうそう。でも、あそこのカジノに入れるくらいのお金持ちは、うちの店には流れないかな」

「どうして?」

「あれ、普通のカジノじゃないんだって。ディーラーはみんな女の子。ここまで言えば、お兄さんもわかるよね?」

「それって、もしかして」

「噂よ。ただの噂」




 マシューと合流したアレックスは、車内でエリンの話を報告する。


「彼女の話が本当なら、そのカジノは娼館も兼ねているらしいわ。何ていったっけ、その店」

「カジノ・クレマチスだな。花の名前だ」

「そう、それ。何なら今夜、内偵行く?」

「いや、いきなりは無理だろう」


 ネオネーストのカジノは、紹介がないと入れない場合が多い。念のため外観を調査しに行った二人は、その門構えから、そういう類のカジノだと思い知らされる。


「何とかして入り込みたいわね」

「それについては、俺がもう少し頑張ってみる」




 デスクに戻ってきたアレックスとマシューは、クレマチスについて調べ始める。三年前にできたカジノであり、経営者はドリス・シモンズ。カジノとしては、そこそこの売り上げを上げているらしい。


「ところでさ、マシューはカジノって行ったことあるの?」

「旅行先で一度。ほんの遊び程度だがな」

「私、はっきり言って全然分かんないんだけど」

「内偵の時は、ただ俺の隣についていればいいさ」


 そんな話をしていると、サムとノアが口を挟んでくる。


「おいおい、次はカジノかよ。楽しそうじゃねえか」

「いいですねえ。僕、ゲームは大好きなんです。事案代わって下さいよ」

「サムまでそんなこと言うなんて……」


 アレックスはじとりと二人を睨む。しかし、カジノに入れることを期待しているのも事実だ。


「それよりサム!ちぐさとは、上手く行ったの?」


 アレックスが詰め寄ると、サムはポリポリと頬を掻く。


「ええ、まあ」

「良かったじゃん、おめでとう!」

「まあ、ちぐさは最初っからこいつに惚れてたからな。失敗するはずねえよ」


 ノアは肘でサムを小突く。彼らの話によると、ノアが気を利かせて二人っきりにしたうえで、ちぐさに愛の言葉を贈ったようだ。

 そんな話をしているとボスが戻ってきたので、アレックスとマシューは今日の結果と今後の方針について報告する。


「カジノか。何だか嫌な予感がするな」


 ボスはただでさえ気難しい顔をさらに捻る。


「接触の際は、充分注意しろよ。深追いしなくてもいいからな」

「はい」




 それから数日後。マシューは、クレマチスに入るための会員バッヂを手に入れていた。それは金属製で、右目から涙を流す女の顔が彫られたものだった。


「ねえ、一体どうやって!?」


 驚くアレックスに、マシューはこう返す。


「ウィロー・ストリートの界隈で、俺がアンドロイド性愛者だという噂を流しておいたんだ。そしたら、接触してきた男が居てな。このバッヂを買わされたよ」

「ってことは、クレマチスは」

「ほぼ黒だな。まあ、実際に行ってみないと分からんがな」


 アレックスは、俄然やる気が湧いてきた。よくわからない投書からの捜査スタートであったが、ようやく尻尾が見えてきそうだ。


「ただ、奥に行くにはマダムに気に入られてから、と言われた。その奥というのが娼館なんだろう」

「じゃあ、何度か行くかもしれないってこと? やったね!」

「おいおいアレックス、カジノに行くって言っても、公費だからな?」


 そして二人は翌日の夜に、クレマチスに潜入することに決めた。

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