08:手荒い仕事



 ジョンソン・ファミリーの本邸へ帰ったレイチェルは、ここ一週間のデニスの動きを細かく報告する。

 ドン・マクシミリアンが気にかかったのは、やはりクレマチスというカジノのことであった。


「週に二回も、そのカジノに、か。奴は一人で行っているのか?」

「一回目はそうでしたが、二回目はマッケンと」

「ロン・マッケンのことか?」

「はい。間違いありません」


 マッケンというのはドンの「友人」で、不動産管理業を営む年配の男性だ。


「レイチェル。そのカジノを調べろ。ただのカジノではないはずだ。必要なら、マッケンに聞いても構わん」

「はい」




 レイチェルの仕事は早い。報告を終えたその足で、マッケンがオフィスから自宅に戻る時間を突き止め、面会を申し出る。もちろん、ケヴィンを連れて。


「御無沙汰しております、マッケンのおじさま」

「おお、君が急に来るなんぞ、驚いたよレイチェル」


 マッケンは、小柄で小太り、小心者の男だ。いきなりドンの養女が訪ねてきたとなれば、萎縮するのも当然か。レイチェルは通された客間のソファに、脚を組んで座る。


「今日はドンの使いかい?」

「まあ、そんなところです。ちょっとお聞きしたいことがありまして」

「どうぞ、何なりと」


 レイチェルは組んでいた脚を組み替える。


「クレマチスというカジノ。実態は、どうなっているんですか?」

「そ、それは」


 レイチェルは語気を強める。


「実際は何の施設なのかって聞いてるの。そしてなぜ、デニスが頻繁に通っているかということもね」

「本当に、ただのカジノだよ。それに、デニスは昔から賭け事が好きだっただろう?」

「おじさま。あたしがエンパスだって、知っていますよね? 大体の嘘は、わかりますのよ」


 それでも言いよどむ様子を見せるマッケン。レイチェルは、ドアの前に立っていたケヴィンに目で合図を送る。


「ひっ! な、何をするんだね!」


 ケヴィンはマッケンの太い首に腕を回し、銃口を頭に突きつける。


「あたし、近頃は気が短くって。素直に教えて頂ければ、素直に帰りますわ」

「分かった! 分かったから、やめてくれ!」


 レイチェルは軽く指を振り、一旦マッケンから離れるようケヴィンに指示する。


「あそこは、娼館だ。カジノの奥に個室がある」

「実質経営者は?」

「ドリスという女だ。彼女がカジノも娼館も両方取り仕切っている」

「あとは? それだけ?」


 レイチェルには、マッケンがたったそれだけのことを必死に隠そうとしたとは思えなかった。まだ、何かある。


「ドンは悪いようにはなさらないわ。あなたはドンの友人なのだから」


 マッケンは、目をケヴィンの方に動かす。彼はいつでも銃口を向けられるように準備している。


「あそこは……アンドロイドの娼館だ。デニスはすっかり、お人形遊びに嵌っている。誤解しないでおくれ、私は、違うからな」

「そう。ありがとう。ちなみに彼は、いつから通っているの?」

「ここ二、三年のことだ」


 それから、クレマチスについていくつかの情報を聞きだすと、レイチェルはマッケン宅を後にする。


「すぐに報告しに行くの?」


 運転席のケヴィンがそう聞いてくる。


「いいえ。どう言えばいいのか、少し考えたいから。ドンのところに行くのは明日にするわ。夜も遅いしね」


 アリスの一件があってから、ドンはアンドロイドの事をあまり良く思っていない。ドンは薄々、このことに気付いていて、自分を動かしたのだろうか、とレイチェルは思う。

 自宅へ帰る車内で、レイチェルはケヴィンに質問する。


「あなたはセクサロイドってどう思う?」

「別に、良いんじゃないかな。オレは人間の方が好きだけど」

「あたしはちょっと、受け付けないわね」

「レイチェルってば、アンドロイド性愛差別者?」

「結果的に、そういうことになるかしら。兄を見る目も変わったわ」


 レイチェルは、デニスの顔を思い浮かべ、これからどうなっていくのやら、と気を揉んだ。




 帰宅したレイチェルとケヴィンは、夕食を作るのも面倒なので、デリバリーのピザを取ることにする。

 それを半分ほど平らげた頃だった。


「この前のことだけどさ」


 ケヴィンが灰皿にタバコを押し付けながら言う。


「アンドロイドを恋人にしたがる気持ち、オレちょっとは解るな」


 スプリング・デパートで見た、男と女性型アンドロイドのことだ。


「ふうん、なんで?」

「アンドロイドだったらさ、最初から恋愛モードに突入できるわけじゃん?オレは恋人だってアンドロイドにインプットさえすればいい」

「まあ、そうね」

「でも、人間同士だとそうはいかない。プロセスってもんがある。上手く行かないこともある。レイチェルみたいに」


 ケヴィンはいつになく真剣な眼差しでレイチェルを射抜く。いつものように、お嬢、と呼ばない彼にレイチェルはたじろぐ。


「オレ、いつまでも上司と部下みたいな関係嫌なんだけど」

「どういうこと?」

「もっとさ、レイチェルに近づきたいの。こうして一緒に住んでるし。エッチもしたし」

「……そんなの関係ないわよ」

「関係ありありなの!」


 ケヴィンはソファにレイチェルを押し倒す。前回は逆だった。酔っぱらってどうしようもなくなったレイチェルから、そうしたのだった。


「ねえ、ダメ?」

「ダメよ。あんたはずっと、あたしの飼い犬なんだから」


 レイチェルは背中に力を入れて上半身を起こし、ケヴィンにキスをする。そのまま荒々しく抱かれながら、レイチェルは考える。

 自分はこの男を利用している。自分には、愛情を与えてくれる存在が必要だから、そうしているのだ、と。

 でも、虚しさはない。ケヴィンの愛情は本物だからだ。

 そしてレイチェルは、食べかけのピザのことを思い出した。あれは温め直してもさぞかし不味いだろう。半分以上飲んでいない缶ビールもある。

 全て平らげてからこういう話をしてほしかったな、とレイチェルは思ったが、押し寄せてきた快楽の波に身をゆだねることにした。

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