07:スプリング・デパート
アレックスは自分のマンションの前で、マシューの車が来るのを待っていた。彼の今日の服装は、シャツにデニムといった軽装だ。薄ら化粧もしている。
見慣れた黒い車がクラクションを鳴らし、アレックスは助手席に滑り込む。
「それで、まずはどこへ行くの?」
「スプリング・デパート。車も停めれるし、店も多い」
「了解」
マシューは車を走らせる。休日の昼下がり、人通りはそこそこ多い。
二人はデパートの九階までエレベーターで昇り、真っ直ぐ貴金属売り場へと向かう。そう、デートといってもその前半は、マシューの彼女のための指輪選びだった。
「うわあ、婚約指輪って種類多いんだね。目がチカチカするよ」
「どれも似たり寄ったりに見えるんだが」
「え、全然違うじゃん。これなんか、ゴテゴテしすぎだし、こっちは飾り気がなさ過ぎてみすぼらしいし」
「……お前を連れてきて正解だった。俺にはこういうものはよくわからん」
マシューよりも、アレックスの方がノリノリで指輪を選び始める。アレックスの指は女性並みに細いため、候補に挙がったいくつかの指輪を彼がはめてみせる。
「これいいじゃん! 石の大きさも嫌味ったらしくないし、予算の範囲内だし」
「うむ。確かにアレックスにはよく似合っている。しかし、リタにも似合うだろうか」
「そりゃあ、私とリタの系統は全然違うけどさ。ほらほら、手のとこだけ見てごらんよ。彼女にも絶対に似合うって」
アレックスがそう薦める一個の指輪を、マシューは買うことにする。その旨を緊張しながら店員に告げるマシューを、アレックスは微笑ましく思う。
「じゃあ、次は私の買い物ね!」
今度はエスカレーターでデパート内を下りながら、アレックスが目についた店を回って行く。
「この服、グレーと水色どっちの方がいいかな?」
「水色だな。そっちの方がお前の肌の色に合う」
マシューはリタの買い物に付き合うのに慣れているせいか、率直な意見を述べることをいとわない。アレックスはそれに満足している。
「じゃあ、水色にしようっと」
「それがいい」
「あ、こっちも可愛いなあ……」
それからたっぷりの時間をかけて、アレックスの買い物は終わった。
アレックスとマシューが買い物をしている頃。
同じスプリング・デパートの一階にあるカフェで、レイチェルとケヴィンはティータイムを楽しんでいた。
「お嬢ってさ、案外食べ物の趣味が可愛いよな。ベリータルトって、すげえ女の子らしいじゃん」
「あんたこそ、ショートケーキってずいぶんシンプルなのね」
「オレはそういうのが好きなの」
彼らの隣に、若いカップルが座る。女の方はほっそりとしていて、無駄な肉付きがない。その顔は、化粧っ気があまりないものの、とても整っている。
悪い癖だな、と思いつつも、レイチェルはエンパシーを発動させる。女がアンドロイドではないかと思ったのだ。
「……はあ」
「どしたの、ため息なんてついて」
「後で言うわ」
レイチェルの読み通り、女はアンドロイドだった。識別番号のない違法改造もの。
カップルはコーヒーを二つ頼むが、女はそれに口をつけず、ただニコニコと男の話を聞いている。男は最終的に、二杯分のコーヒーを飲み干し、女と腕を組んで去っていく。
「さっきのカップル、女の方がアンドロイドだったのよ」
「ああ、なるほど。なんとなく様子がおかしいと思った」
「あたしには理解しがたいわね。アンドロイドを恋人にするなんて」
「捜査官の野郎にチクったら、感謝されてたかな?」
きっと彼らも、遅かれ早かれアンドロイド捜査官の手にかかるだろう。女は強制回収され、二度と会えなくなる。彼らはその未来を、きちんと考えているのだろうか。レイチェルにはますます解らない。
レイチェルは、目の前にいる男の顔を見る。口の周りにクリームをつけながら、ケーキを頬張る彼の姿に、ペットのような扱いをしたくなってしまう。
「ついてるわよ」
レイチェルは、指でぐっとクリームをぬぐう。
「あんがと」
ケヴィンは白い歯を見せて笑う。外野から見れば、まるで恋人同士のようなやり取りだった。
アレックスとマシューは、夕食をデパートの中で採ることにした。アレックスはカルボナーラを、マシューはミートスパゲティを注文する。
「これで一段落だね。プロポーズはいつにするの?」
「来月だ。付き合った記念日にする」
「へえ、マシューってば、やっぱり見た目によらずロマンティストだねえ」
マシューは少し照れているようで、アレックスと目を合わせない。
「そうそう。昨日サムがさ、ソレル研究所の女の子と付き合うかもって言っててさ。今日会ってるはずなんだけど、どうなったんだろう?」
「あまり詮索はしてやるなよ。サムが可哀相だ」
「でも、結婚を前提に付き合いたいって私に相談してきたんだよ?」
「ほう、そうか」
料理が運ばれてきて、会話は一時中断する。カルボナーラは、スパイスが効いていて中々独特の味であった。食後のコーヒーを飲みながら、アレックスが言う。
「何で結婚しようと思ったの?」
「そろそろ、そういう時期だと思ってな」
「何それ、時期の問題? 付き合って長いから?」
「それもあるが、同棲してみて、互いの価値観のすり合わせができたのが一番のきっかけだな」
「えっ、私、同棲してるとか知らなかったんですけど……」
相変わらずマシューは、相方にさえ自分のことを話さない、とアレックスは少しすねる。
「それよりお前はどうなんだ? ネオネーストは同性婚可能だ、男性女性どちらと付き合っても結婚できるが」
「うん、知ってるけど。結婚したいって思える人との出会いが無いんだよね」
アレックスは、ノアのように複数と同時に付き合うことはしないが、それでも男性女性遍歴は多い方である。ここ一年ほどは決まった相手がおらず、それで黒猫を飼い始めた。
「だって、一生一緒にいるわけじゃん? そんなに一緒だと、飽きそうじゃない?」
「俺はリタに飽きたことがない。それも結婚を決めた理由だ」
「これから飽きるかもしれないよ?」
「お前は俺の結婚を祝っているのかけなしているのかどっちなんだ」
マシューはため息を吐く。
「まあいい。今日は付き合ってくれて、ありがとな」
「えへへ。どういたしまして」
それから二人は車に戻り、アレックスはアパートメントの前まで送られる。
一人になって、どことなく寂しくなったアレックスは、部屋に入らずにしばらく公園のベンチで空を眺める。星が綺麗な夜だった。
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