06:相談事
背の高い知的な男性と、銀髪の美男子。この二人が並んで歩いていると、道行く人からはどれだけ眩しく見えるのだろうか。
当人たちは、どこで飲もうか考えるのに必死で、周りの様子など全く気にしてはいないのだが。
「どこか、新しい店でも行かない?」
「ええ。たまには開拓してみるのも良いかと思います」
二人は豚の絵が看板に描かれたビストロに入る。まずはビールを注文し、調子よく乾杯する。
「お疲れさん!」
「お疲れさまです!」
カウンターに並び、自然と肩を寄せることになった二人は、見る人が見れば恋人同士のようである。ソーセージとチーズの盛り合わせを注文した二人は、マシューとノアについて話し出す。
「マシューにそんな彼女がいたなんて、聞いたことありませんでしたね」
「あいつ、滅多に自分の話しないからねえ。ノアはどうせアレでしょ?何人かいる彼女の内の一人でしょ?」
「そうなんです。恋人の数を減らせとは言ってるんですけどねえ。彼は研究所時代からああだったんですか?」
「うん、女の子大好き! って感じでさ、ある意味素直な奴だったよ」
料理が運ばれてくる。お腹のすいていた二人は、早速ソーセージにかじりつく。
「そういえば、アレックス。由美子さんのことは、ノアから詳しく聞きました?」
「いや、そんなには。直接話した、ってことだけだよ」
「実は明日、ノアとちぐさの所へ行くんです。由美子さんのことを話すかどうか、ノアも悩んでいるようでしてね」
アレックスの知る由美子は、天真爛漫で元気な少女だった。それが、マフィアの幹部になっていることなど、由美子をかつて姉と慕っていたちぐさに言えるだろうか。
「私なら、何も言わないな。多分、伏せておいた方がいい」
「ご意見、ありがとうございます。それともう一つ、相談があるのですが」
「いいよ。どうしたの?」
「結婚について、どう思われますか?」
アレックスは、ビールを吹き出しそうになる。まさか自分にそういう類の相談が来るとは思っていなかったのだ。
「そういうの、マシューに聞いたら? 相手も居ることだしさ」
「いえ、その。ちぐさを知っているのは、ノアの他にはあなただけなので」
「ち、ちぐさと結婚したいわけ?」
「まだお付き合いすらしていませんよ。でも、僕もいい歳ですから。次にお付き合いする女性とは、結婚を前提にしたいと考えておりまして」
サムは大真面目な顔をしている。これは適当な言葉を返しては失礼だ、とアレックスは思う。
「ちぐさは不器用だけど真面目だから、いい奥さんになると思うよ。うちの仕事についても理解があるし。理解といえば、サムだってエンパスについて理解してくれてるでしょ?だから私としては、サムがちぐさを貰ってくれるとありがたいなって」
「実は、ノアにも同じことを言われました」
「じゃあ、決まり。思い切って付き合っちゃいな」
アレックスはタバコに火を点け、サムとちぐさが二人で歩く姿を想像する。歳の差こそある二人だが、充分寄り添っていけるだろう。
そんな色恋沙汰を話し終えた二人は、次いで仕事の話を始める。
「ジョンソン・ファミリーがなぜアリスを追っていたのかは、結局謎のままです。ファミリーの男が口走った内容からすると、一時はファミリーがアリスを所有していたようなのですが、裏付けは取れていません」
「アリスは、セクサロイド化されていたの?」
「いいえ、その機能はありませんでした」
「尚更、よく分からないわね」
アリスのメモリーが消去されている以上、もう過去のことを知ることはできない。この案件は、未結でもなく、完結でもない、半端な事案として残されるのだろう。
「アレックスとマシューは、セクサロイドを追っているんですよね?」
「そうそう。それで、今日風俗嬢の子が言ってたんだ。セクサロイドがいたら、商売あがったりだって」
「さあ、どうなんでしょうか。アンドロイドのみを扱う娼館が本当にあるとして、そこへ行くのはどのような人々なんでしょう?」
「アンドロイド性愛、ってやつじゃない? 機械じゃないと無理!っていう」
そこまで話して、アレックスは考え込む。
「ってことは、普通の大衆向けの娼館に行っても無意味なのかな?」
「かもしれないですね。表向きには娼館の営業をしていない可能性もあります」
アレックスはビールを二つ注文する。真面目な話が続いているので、二人とも飲むペースはいつもより遅い。
「アンドロイド違法改造の中でも、セクサロイドというのは最もタチが悪いと僕は考えています」
サムの言葉にアレックスは頷く。セクサロイド化されたアンドロイドは、そのほとんどが虐待を受けていると言っていい。
「アンドロイドに感情が無い、ということは解っています。しかし、人間の醜いエゴを叩きつけられる彼女たちには、同情します」
「そうだね。私も、あまり気分は良くないよ」
アレックスは沈んだ感情を押し流すかのように、ビールを一気に飲み干した。
「ただいま、遅くなってごめんね」
帰ってくるなり、足元にまとわりついてくる黒猫に、アレックスは声をかける。そうして服を脱ぎながら、餌を準備する。
明日の予定は何も無かった。そして、明後日も。アレックスは、一人でいるときは、インドア派だった。朝一番にスーパーへ行き、食料を買い込んだら引きこもろう。そう考えていた。
すると、マシューから電話がかかってくる。
「アレックス、もう家か?」
「うん。どうしたの?」
「今夜は付き合ってやれなくて悪かったな」
「いいよ、別に。気にしてないからさ」
「それでおいてなんだが、明日、空いてるか?」
デートのお誘いであった。
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