05:一つ目の内偵
その日のアレックスとマシューは、午前中はデスクで情報をまとめ、午後はウィロー・ストリートへ繰り出すというスケジュールを立てた。
風俗のシステムについて、ノアからご丁寧に講習を受けたアレックスは、多少緊張しながら内偵に出かけて行った。
「はじめまして、ジーナですぅ」
あ、ハズレ。アレックスは一瞬にして、彼女がアンドロイドでないことを見抜く。しかし、彼女の容姿は決してハズレではない。パネル通り、この店の中では一番の美しさだ。
アレックスは、いつもの口調を出さないよう意識する。
「オレはさ、別に色々してもらわなくていいんだ。お喋りしながら、肩とかマッサージしてよ」
「へえ、そっかあ。わかったよ」
ジーナはアレックスにベッドに寝転ぶよう促すと、彼の腰の上に乗り、肩を揉んでいく。
「このくらいでいいですかぁ?」
「うん、大丈夫」
ジーナのマッサージは手慣れていて、気持ちいい。案外、同じことを頼む客は多いのだろう。アレックスは彼女に質問する。
「この店、長いの?」
「三ヶ月ってとこかな。アタシにしたら続いてる方」
「酷いこととかしてくるお客さんいるの?」
「基本的にはみんな優しいよ。まっ、うちは大衆だからね。本番強制されることはたまにあるかな」
「そういう時は?」
「スタッフ呼んで泣きわめいてやってる」
マッサージをされながら、アレックスはなぜか、ジーナの愚痴を聞き続ける。風俗嬢の本音というのは案外面白いもので、アレックスはすっかり聞き入ってしまう。
「それにしてもお兄さん、綺麗な顔してるよね。整形とかしてる?」
「ん、してないよ」
「羨ましいなあ。アタシさ、もう少しお金貯めたら、整形するんだ。そのために頑張ってるの」
ジーナの手は、アレックスの太ももからふくらはぎに移る。
「ところでさ。アンドロイドがいる娼館って、聞いたことある?」
「何それ? セクサロイドってこと?」
「そうそう」
「知らないなあ。でももしそんな所があったら、アタシらの商売あがったりだよ。あいつらの顔の良さには絶対に勝てないもん」
壁に備え付けられたベルが鳴る。時間が来た。延長は、無し。
ウィロー・ストリートの入り口でマシューの車と合流したアレックスは、そのまま警察本部へと戻る。
「一軒目はハズレ。情報も無し」
「俺もだ」
助手席のアレックスはタバコを取り出す。マシューが禁煙中なのは知っているが、吸いたくなるものは仕方ない。
「今日の子ね、中々面白かったよ。けっこう会話が弾んだ」
「それは良かった。正直、心配していた」
アレックスは、ジーナから聞いた話をマシューに伝える。マシューはいつもの無表情でそれを聞いている。
「楽して稼げる仕事っていうのは、この世に無いんだねえ」
「そうだな。うちの仕事も、決して楽ではない」
二人がデスクに戻るとすぐに、ノアがニヤニヤしながらアレックスに聞く。
「おっ、どうだった? 初めての風俗は」
「肩と腰のコリがすっかり取れたかな」
「なんじゃそりゃ……」
ノアが喜ぶような話題を提供できないアレックスは、さっさとパソコンを立ち上げる。
「アレックス、コーヒー要るか?」
「ありがとう、マシュー」
ソフィアが居なくなってから、コーヒーは自分たちで淹れるものになっていた。そんな些細な変化に、彼らは慣れつつある。
新しい庶務係は、近々配属されるとの噂だが、急な人事だ、そうスムーズにはいかないのだろう。
アレックスは、マシューが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、報告書を作り始める。今日は週末だ、できれば定時までに終わらせたい。
終業のベルが鳴る。何とか報告書を終わらせたアレックスは、マシューを飲みに誘う。
「悪い。先約があるんだ」
「そっか、残念」
きっと、例の彼女とディナーでも行くのだろう。アレックスは口を尖らせるが、こればかりはどうしようもない。
「ああ、そうですか……」
向かいのデスクでは、サムがノアに振られている。アレックスとサムの視線がぶつかる。
「振られた者同士、一杯行きますか?」
「うん、そうしよう!」
そうして二人は、連れ立って部屋を出るのであった。
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