04:姫
ドリスは、その日生まれた新しい「姫」に、自ら化粧を施していた。
「姫」はうら若い女性の姿をしていたが、ドリスはすっかり年老いた女であった。それでも若い頃は、さぞかし数多の男共がかしづいたであろう、美貌の痕が残っていた。
「可愛い可愛い、私の娘。お人形さんみたいな、私の娘」
ドリスはそう言いながら、「姫」の頬にチークを塗る。彼女らの化粧は派手な方がいい。なぜなら、暗がりではよく見えないから。
「ドリス、もういいかい?」
低い男の声が、カーテンの向こうから聞こえる。ドリスは声を張り上げる。
「まだよ、もう少し待って」
女の準備を待つのが男というものだとドリスは思っている。なので彼女は焦らない。「姫」を美しく仕上げるため、存分に時間をかける。
「もう良いわよ」
カーテンをそっと開けて入ってきたのは、デニス・ジョンソン。ジョンソン・ファミリーの二番手と目されている男である。ドリスはもちろん、その素性を知っている。
「さあ、ロネット。彼があなたの最初のお客様よ」
ロネットと呼ばれたアンドロイドは、「姫」として初めて言葉を話す。
「はじめまして、ロネットです」
「ほほう、可愛いじゃないか。ブロンドの髪にぷくぷくの頬、まさしく俺好みだ」
「どうぞ可愛がってください、ご主人様」
デニスはロネットを押し倒し、強引に服を剥いでいく。ドリスは部屋を立ち去り、廊下に出た後、タバコに火を点ける。
これは、いつものことだった。ドリスの娼館で仕入れたアンドロイドは、必ず最初にデニスの相手をさせてから、客の前に出す。今まで一体たりとも、このしきたりは破られていない。
自身の娘にも等しい「姫」を、こうして送り出すことに、ドリスは何のためらいも感じていない。むしろ、子を嫁がせる母のように、自信にあふれた気持ちでいっぱいなのだ。
タバコを吸い終えた後、ドリスは自室に戻り、九つのモニターに映し出されたカメラの映像をチェックする。
ドリスの娼館――クレマチスは、表向きはカジノである。一部の娼婦たちに、ディーラーをさせているのだ。今夜は特に、不審な客は居ない。ドリスはしばし、ソファで休養を取ることにする。
「あと一時間は出てきそうにないわね」
クレマチスに停めたデニスの車を見張っているのは、レイチェルとケヴィンであった。彼らはここ数日、デニスの動きを追っている。小さな軽自動車の中で、二人は身を寄せ合うように監視を続けている。
「カジノ遊びとは、いい御身分で」
「兄さんは実際にそうだから仕方ないわ」
二人はまだ、クレマチスが娼館だとは気付いていない。
「ケヴィン、お腹すいたわ。どうせ動きも無いだろうし、何か買ってきて」
「あいよ」
兄を見張るのも中々骨が折れるものだ、とレイチェルは思う。
アリスに内蔵されていたメモリーの奪還は成功したものの、ソフィアを失ってしまったことの責任を、レイチェルは問われた。よって彼女は、ファミリーの仕事をしばらく任されないこととなったのである。表面上は。
「サンドイッチ、買ってきたよ」
「ありがとう」
ケヴィンが買ってきたサンドイッチを食べながら、レイチェルはデニスの車を眺め続ける。この任務は、ドンから秘密裏に渡されたものだ。
ドンはなぜ、自分の息子を見張らせるのか。その理由をレイチェルは知らない。カジノ通いそれ自体については、別に咎められることではないはずだ。一体何が問題なのだろう、とレイチェルは思う。
「これ、美味しいわね。どこで買ってきたの?」
「ゴールデンっていうカフェだよ。アンドロイドの店員が居たな」
「ふうん」
デニスが出てきて、本邸まで向かうのを確認したら、今日の所は自分たちも帰ろう。そう考えるレイチェルであった。
ドリスはソファでしばしうたた寝をしていたが、デニスが部屋に入ってくるのに気づき目を開ける。
「最高だった。ありゃあいい機体だ」
「それは良かった。改造には随分とコストがかかったのよ?」
デニスはドリスの正面のソファにどっしりと座る。
「金のことだが、入ってくる予定のものが無くなっちまってな。しばらくは援助できない」
ドリスは思わず立ち上がる。
「約束が違うわ!」
「まあまあ、落ち着けよ。さっきの機体に金がかかったっていうのは重々承知している」
デニスはタバコに火を点け、背もたれにもたれる。デニスはアリスの預金が見つかれば、当然に自分にも分け前があるものだと思っていた。しかし、全額ファミリーの共有資産となったため、彼のお小遣いは無くなったのである。
「カジノの運営さえこのまま上手く行きゃあ、何も問題はない。あれは完全に、合法なビジネスだからな」
「客の数は確実に減っているわ。カジノだけじゃあ持たないのよ」
「だが、お人形を量産してもたかが知れてるだろう? 少し我慢しろよ」
デニスは立ち上がると、ドリスの顎を指でなぞる。ドリスは諦めた顔でソファに座りなおす。力関係は、圧倒的にデニスの方が上なのだ。
「それに、客ならまた新しいのを連れてきてやる。アテならいくらでもあるからな」
デニスはタバコをふかし、先ほどのアンドロイドの感触を思い出していた。
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