09:すれ違い
何日にも渡る調査の末、サムとノアは、ルイスの預金口座に不審な入金があることを突き止めた。入金元は、架空名義のものであり、そこから手がかりを拾うことはできなかったが。
組織犯罪課とも、連携を強めた。ボブは積極的に動いてくれ、今のジョンソン・ファミリーについての新たな情報を掴んだのだ。
「最初にノアが聞いたこの女だがな。何と、マクシミリアンの養女になっていた。名前はレイチェル」
サムはノアの顔を見る。もう何を聞いても驚かないといった風だ。レイチェルというのは、ノアと同じくイングリッシュ・ネームだろう。
「彼女は準幹部といったところか。ジョンソンの本邸には住んでなくて、別に住所があるみたいだな。たまに顔を見せるくらいらしい」
ボブはコーヒーをすすりながら続ける。
「それから、業者の出入りについてだが、庭師くらいのもんだ。アンドロイドの保守点検をするような奴はこのところ出入りしていない。巧妙に隠されてちゃ、お終いだがな」
「ありがとうございます」
サムはどうしたものか、と唇に指をあてる。もしアリスがジョンソン・ファミリーの手中にあるとすれば、間違いなく本邸だと彼はにらんでいた。まさかとは思うが、準幹部であるレイチェル――由美子がアリスを匿っているのだろうか。
そんな考えを見透かしたのか、ノアが言う。
「サム、まだアリスがジョンソン・ファミリーの元に居ると決まったわけじゃない。資金提供の裏も取れていない。アリスは、ダイナが全く別の場所に隠している可能性もある」
「そうでしたね」
捜査はどうも停滞していた。レイチェルのことが分かったとはいえ、直接アリスと結びつくものではない。デスクに戻った二人は、お互い気難しい顔をしながら昼食を採る。そうしていると、アレックスとマシューが帰ってくる。サムは二人に話しかける。
「昼食は採られたんですか?」
「ああ。お前たちに教えてもらったカフェに行った。新型機種が居るところだ」
マシューが言うのは、メリアが居るカフェのことらしい。アレックスが口を開く。
「仕事も早めに終わったから、ついゆっくりしちゃった。今日は長引くもんだと覚悟してたんだけどね」
「二人は今、何の事案やってるんだ?」
「一般がしょっ引いたスクラップ業者の情報から、アンドロイドの不法所持者の洗い出し。今日のはすぐに認めて差し出してきたのよ」
「そりゃあ楽でいいな。担当、入れ替えるか?」
ノアがそう言うと、アレックスはぶんぶんと首を振る。サムはその様子に苦笑しつつも、アレックスとマシューに聞いてみる。
「見ての通り、捜査が行き詰っているんですが。お二人なら、アリスはどこにあると考えますか?」
「ええ!?いきなりそんなこと言われても、分かんないわよ」
「俺なら、ルイスと関係のあった技師たちを洗い直す。カーソンの他にも、情報を持っている奴がいるかもしれない」
マシューの助言に、それはそうかもしれない、とサムは思う。技師たちについての捜査を、まだやり切っていないのではないか。
「ノア。ジョンソン・ファミリーの監視はボブに任せるとして、技師たちを調べ直しますか?」
「ああ。マシューの言う通りだと俺も思う」
二人は技師たちのリストをめくる。イリタを退社している人間で、まだ接触ができていない人物が数名残っているのだ。
数日後、彼らはクリス・フォードの工場に居た。彼はイリタを退社後、自分の工場を立ち上げ、そこでアンドロイドの手の製造を行っている。
「あのう、警察の方が、何の用でしょうか……」
普通、警察が来れば誰だって萎縮するだろう。サムもノアも、経験上それは分かっている。しかし、それにしてはオドオドとしているな、というのがサムの印象だった。
「お忙しい所、失礼します。僕はサム、彼はノアです。今日は、あなたとルイス・デュランの関係についてお話を伺いに来ました」
フォードが話したのは、今まで得た情報と大差が無かった。自分の工場を持つとき、ルイスに援助してもらったという位である。
「も、もう、この辺でいいですか?」
サムがはいと言いかけた時、ノアが声を上げる。
「あんたさ、何か隠してるな?」
ずい、と身体を前に傾けるノア。フォードは目を背ける。
「俺、エンパスなんだよ。あんたの感情の揺らぎが大きすぎることは分かってる。いい機会だ、くすぶってることがあるなら、俺たちに話しな」
こうなってくると、ノアに任せるのが得策だ、とサムは口をつぐむ。
「わ、私の身の保証は、大丈夫なんでしょうか? 工場も、ようやく軌道に乗り始めた所なんです」
「心配すんなって。あんたもこの工場も、大丈夫だ」
「分かりました……話します。実は、一週間ほど前も、同じような話を、男女の二人組に聞かれたんです」
「というと?」
「アリスというアンドロイドについて、製造の協力をしていないか、聞かれました」
サムとノアを顔を見合わせる。今まで二人は、アリスという言葉を一度も出していない。
「私が知らないと言うと、この件は内密にするよう、脅されました。私は本当に、アリスなんて知りません、誓って本当です」
震えるフォードにサムが問いかける。
「その二人組というのはどんな容姿でした?」
「女の方は、背の低い東洋人です。男の方は、金髪で、だいぶ若いように思えました」
ノアはパソコンを開き、一枚の画像を見せる。
「こいつか?」
「ええ、よく似ています。髪はもう少し、短かったかもしれませんが」
それで充分だ、とサムとノアは思う。
車の中で、サムとノアは少し黙り込んでいた。重要な事実は入手した。ジョンソン・ファミリーも、アリスを追っているということだ。そして、レイチェルがそれにあたっているということ。
「数奇なもんだな」
ノアは呟くように言う。
「確信はまだできないが、俺もあいつも、一体のアンドロイドを追っている」
「フォードの証言が確かなら、そういうことになりますね」
二人はそれぞれに考えを巡らせながら、警察本部へと戻って行った。
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