07:惑い
サムとノアが組織犯罪課へ接触したのは、少し日をまたいでのことだった。デッカード部隊がこの課に協力を仰いだことは前例が無く、アンドロイドとジョンソン・ファミリーの関係を洗うことについては、慎重な協議がなされたからだ。
ボブ・モレッツは、マシューの言った通り明るくひょうきんそうな男だったが、事件の詳細を聞くなり目つきが変わる。
「ふうん。あのファミリーが資金提供をしていた疑い、か」
「はい。しかし僕たちには、基礎知識が少ない。今のファミリーの構成等を、詳しく教えて頂きたいのですが」
ボブはパソコンを操作しながら話し出す。
「ここ、ネオネーストには、いくつかのマフィアが存在する。ジョンソン・ファミリー以外だと、ロドリゲス、ハリスなんかが有名だな」
サムとノアは頷く。
「現在のドンは、マクシミリアン・ジョンソン。先代のレオナルド・ジョンソンは、心臓麻痺で死亡した。まあ、歳だったからな、事件性はおそらく無い」
レオナルドの死亡の時期は、ダイナの失踪と重なる。ボブは続ける。
「ファミリーっていうくらいだ。基本的には、幹部は血族で構成されている。マクシミリアンの長男のデニス、次男のヨハンだな。これがツートップだ。レオナルドの葬儀の時の写真があるんだが、見るか?」
「ええ、お願いします」
パソコン上に、喪服を着た人々の画像が映し出される。
「見るからに一番偉そうな、鷲鼻の男がマクシミリアン。隣に立つのが、左からデニス、ヨハンだな」
サムは画像をくまなく見渡す。まず無いだろうが、アリスが葬列に加わっている可能性がないかと思ったのだ。しかし、ノアは別の所を見ていた。
「なあ、ボブ。この、ショートヘアーの女は誰だ?」
「ん? こいつか。ちょっと離れた位置にいるからな。血族じゃあないだろう。デニスとヨハンの娘でも無さそうだし。悪い、こっちじゃ掴んでいないよ」
「分かった……ありがとう」
ノアの様子がおかしい。サムは今まで、ノアがこんなに顔を強張らせる場面を見たことがない。だが、ボブの前でそれを指摘するわけにもいかない。彼らはボブの説明を黙って聞き続ける。
「お前さんたちの言うことが確かなら、資金提供があったのはレオナルドの代、ってことになるな。けど、奴がアンドロイドを所持していたか、ということまでは調べられていない。すまんな」
「いえ、ありがとうございます」
「一応ほら、資料はまとめておいたんだ。持って行けよ」
ボブから資料を受け取り、二人は退出する。
「ノア、どうしたんですか? 顔色が悪いですよ」
デスクに戻る廊下の途中で、サムが問いかける。
「タバコ」
ノアはそれだけ言うと、早足で喫煙室に入って行く。サムはその後を慌ててついていく。
「なあサム。ジョンソン・ファミリーを追うのはやめにしないか? 多分、間違ってるよ」
ノアの言葉にサムは驚く。
「でも、レオナルドの死とダイナの失踪には何かありそうですよ?」
「そんなもん、たまたまだろう」
違う、そうじゃない。サムは、ノアが本当にたまたまだと思っていないことを見抜いている。長い付き合いだ、それくらいのことは朝飯前である。
居心地の悪い雰囲気が、タバコの煙と共に充満する。サムは、思い切って核心を突く。
「もしかして、写真の女性が何か?」
ノアは答えない。タバコをかき消すと、喫煙室を出て行く。
デスクに戻ったノアは、荷物を置くなり、ボスの元へ向かう。
「すみません、急用で。早退させてください」
サムは耳を疑った。
「別に構わんが……体の具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です」
そのままノアはサムの横を素通りし、帰って行ってしまった。
その様子を、アレックスとマシューも見ていた。アレックスが小声で囁く。
「ねえサム、ノアの奴、どうしたの?あんたら喧嘩でもした?」
「僕にもよく、わかりません」
サムはアレックスとマシューに、事の顛末を話す。
「ねえ、その写真見せてよ」
アレックスがそう言うので、サムはボブから貰った資料から葬儀の写真を取り出す。それを見たアレックスの顔が、一気に曇りだす。
「これはちょっと、ここでは言えない。サム、マシュー、今夜空いてる?」
「ええ、僕は」
「俺もだ」
「じゃ、ちょっと飲みに行こう。それから話すから」
ここでは言えない、とは、一体どんな事なのだろう。不安を抱えながら、サムは仕事に打ち込んだ。
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