06:ファミリー





 若干の残業を挟んだ後、ソフィアは小走りで一軒のマンションへ向かう。時折、後ろを振り向いては、誰も居ないことを確認する。


「ソフィアです」

「よう、入れよ」


 出てきたのは、長めの金髪を散らした男――ケヴィンだった。ソフィアが中に入ると、ソファでレイチェルがタバコをくゆらせている。ソフィアはおずおずとその前の椅子に腰かける。


「それで、今日は追加の報告かしら?」

「はい。担当者たちが、うちとアリスの関係に気付きつつあります」


 レイチェルはタバコを潰す。


「なぜ気づいたの?」

「ルイスと仕事をしていた技師が、そう話したそうです」

「そう。誰かしらね?」

「技師の名前まではちょっと。聞けていません」

「いいわ、ありがとう」


 レイチェルがケヴィンに目配せをすると、ケヴィンは厚みのある封筒をソフィアに渡す。


「今後も、慎重にね」

「はい。承知しました」


 ソフィアは封筒を受け取って立ち上がる。


「それと、もう一つ」

「あ、はい」


 ソフィアは椅子に座り直す。


「担当者は、どういった人物なの?」

「一人はサミュエル・ウィスター。英国人です。もう一人はノア・スズキ。彼の方がエンパスです」

「スズキ、ね。あたしが知らない名だわ。イングリッシュ・ネームかしら?」

「はい。本名は、磯部達也」


 レイチェルはぴくりと眉を動かすが、それについては何も言及することなく、ソフィアを見送る。ドアが閉められた後、ケヴィンがレイチェルに問いかける。


「知り合い?」

「ええ。よく知っているわ」


 レイチェルは、苦々しそうな顔つきで、新たなタバコに火を点ける。


「ケヴィン。今日はドンの所へ行ってくるわ。この事は兄さんたちにの耳にも、入れておかないと」




 ドンの書斎には、ドンとレイチェルの他に、二人の幹部が揃っていた。彼らはドンの実子であり、レイチェルにとって一応兄にあたる人物だ。


「警察がうちとの関係に気付きました。ルイスがうちの資金提供を受けた、という確信までは至っていないようですが」


 レイチェルがそう言うと、長男のデニスが彼女を睨みつける。


「気付かれたのはお前の行動がバレたからか?」

「いえ。また別の所からの情報だそうです」


 次男のヨハンも厳しい目を向ける。


「どのみち、お前とケヴィンだけでは心細くなってきたな」


 そうして、更なる追撃を加えようとする二人を、ドンは制す。


「警察がうちに踏み込むようなことにはならんよ、どのみちな。アンドロイドとうちのファミリーが関わったのは、後にも先にもアリスの時だけだ」


 確かに、そうなのだが。レイチェルは、こんな事態になった原因を反芻する。

 レオナルド・ジョンソン。現在のドンである、マクシミリアン・ジョンソンの父にして、先代のドンである。彼は、ルイス・デュランと個人的な親交があり、秘密裏に交際していた。

 そんな彼が、ルイスにアンドロイドのオーダーメイドを頼んだきっかけは、今となっては誰もわからない。しかし、アリスが作られ、レオナルドの手に渡ったのは、確かだった。

 レオナルドはアリスを、滅多に人前には出さなかったが、レイチェルは二、三度彼女を見たことがあった。上質なドレスを与えられ、お姫様のように扱われていたアリスの容姿は、今でもよく覚えている。長い金髪に、青く輝く瞳。まさに美少女だった。


「こう言っちゃなんですけどね、父さん」


 デニスが口を開く。


「爺さんの遺言書自体、アテになるもんですかね?日付は死ぬ二年前のものだ。アンドロイドの中に預金の番号を記憶させた、なんて、俺は最初から怪しんでいるんですよ」


 ヨハンがそれに対して反論する。


「けれど、暗証番号がどこにもないのは事実だよ。遺言書は間違っちゃいないさ」


 レオナルドの遺言書は、彼の死後、一週間も経ってから発見された。その間に、アリスはダイナに引き取られ、行方が分からなくなってしまったのである。

 ダイナがアリスを隠した理由は、予想が立っていた。彼女は、父がジョンソン・ファミリーと繋がりを持っていたことを快く思っていなかったのだ。引き取った後、預金の暗証番号が記録されていることをダイナは知り、資金を明け渡すまいと動いたのだろう。

 デニスとヨハンが口論を続けている間、レイチェルは別なことを考えていた。捜査官のことだ。その内の一人を、彼女はよく知っている。そのことを言うべきかどうか、迷っていたのだ。


「とにかく、だ」


 様子見を続けていたドンが、咳払いをする。


「今は警察より早く、アリスを見つけることが肝心だ。ヨハン、必要があれば、お前の部下をレイチェルに回せ」

「承知しました」


 デニスとヨハンが部屋を出ていくのを、レイチェルはじっと待つ。扉の前に立つボディーガードを除いてドンと二人きりになったレイチェルは、ノア――達也のことを打ち明ける。


「捜査官にエンパスが居るという時点で、ある程度知り合いがいる可能性があることは考えていました。しかし、彼ほどよく知る人物が出てくるとは……予想外でした」

「この件を、降りるか?」

「いいえ。やらせて下さい、最後まで」


 レイチェルは、大きく首を振ってそう答える。

 帰り道でレイチェルは、堅苦しい思いを振り払うかのように、ケヴィンが用意しているはずの夕飯のことを考え出した。

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