05:技師の証言





 アリスを造ったのが、ルイスだとしたら。その仮定で、サムとノアは動くことにした。

 そして、ルイスの周辺情報を洗い出すうちに、ルイスと関係のある何人かのアンドロイド技師の名前が挙げられた。数名はイリタにまだ所属していたが、ルイスの人となりが分かっただけで、重要な情報は聞きだせなかった。

 残るは、既にイリタを退社したか、技師自体やめてしまった者たちだ。その内の一人、マーティン・カーソンの元へ行くことへ決めた二人は、郊外へと車を走らせた。


「どうも、警察さん」

「はじめまして、カーソンさん。僕はサム、彼はノアです」


 カーソンは、車椅子に乗った白髪の老人であった。一線を退いてから数年が経つというが、その眼光は未だ鋭い。

 大きなソファ席に通された二人は、カーソンの妻から紅茶を差し出される。それに口をつけ、風味を味わってから、サムは話し出す。


「今回、あなたに会いに来たのは、ルイス・デュランの話を聞くためです。ルイスとあなたは、どのような関係でしたか?」

「あいつがイリタに入った直後からの仲さ。設計士と技師として、何度もタッグを組んでた」


 しばらくは、既に他の技師から聞いたことのある話が続いた。ルイスは天才だったが、それをおごることなく、誰にでも平等に接する人格者であったと。

 話の毛色が変わってきたのは、紅茶がぬるくなってきた頃だった。


「あいつが死ぬ何年か前、だな。奴はやたらと残業をするようになった。それも、俺たち技師を帰して、一人きりでな」

「当時、あなたは不審に思いました?」

「そりゃあそうさ。あいつは天才だから、仕事も早い。残業なんて何十年もしていなかった。何か秘密の作業をしていることは解ってたよ」

「内容は、聞きましたか?」

「誰も聞かなかったよ。聞いちゃいけない、そんな雰囲気があってな」


 サムは顎に指をあて、しばし考え込む。


「実は、僕たちは、ルイスが秘密裏にアンドロイドを製造していたのではないか、という疑いを持っているんです」

「ほう?」

「しかし、疑問は多々あります。アンドロイドの製造は、そもそも一人きりでできるのでしょうか?」

「ルイスなら、あり得るな。あいつは設計士である前に技師だった。プロトタイプの機体を元に改造を加える、という方法なら可能かもしれん」

「そうですか。だとしても、それなりの資金もかかりますよね?」

「資金、な」


 カーソンは、広い額をさする。サムは思わず、身体を前倒しにする。


「何か、心当たりでも?」

「いや……あくまで当時の噂だけどな。ルイスは、ジョンソン・ファミリーと付き合いがあった、って話だ」


 ジョンソン・ファミリー。サムとノアは、もちろんその存在を知っている。だが、まさかこんな場面で、その名前が出てくるとは思わなかった。




 カーソン宅から帰る車の中で、運転席のノアが口を開く。


「サム、どう思う? イリタの天才技師が、ジョンソン・ファミリーと繋がっていたなんてさ」

「にわかには信じがたいですね。これまで彼の周辺を洗ってきましたが、その名前は一度も出てこなかった」

「皆、知っていて口をつぐんでいたのか? もうルイスは死んでるのに?」

「どうなんでしょう。僕たちを警戒していたのか、そんな噂を信じていなかったのか」


 信憑性がどうであれ、今回のことをボスに報告することに変わりはない。二人が報告を終えると、ボスはただでさえ気難しそうな顔を一層しかめて言う。


「それで、お前たちは、ルイスがジョンソン・ファミリーから資金を得てアリスを造った、と本気で考えているのか?」


 サムが答える。


「カーソンの証言だけでは、まだ分かりません。ですが、唯一の手がかりであることは確かです」

「だがなあ……ジョンソン・ファミリーか。アンドロイド絡みの噂が一切ない輩だからな」


 デッカード部隊では、ありとあらゆるアンドロイド関連の事件を扱ってきたが、ジョンソン・ファミリーが関与した事案にはぶつかったことが無かった。彼らはアンドロイドの犯罪には手を染めないものと考えられていたのである。


「一旦、保留すべきかもしれないな」

「マジっすか?」


 ノアが驚いて声を上げる。ボスは続ける。


「ひとまず今日の報告書を書け。今後の方針は、また日を改めて指示する」


 ボスはそう言って、会議に出かけて行ってしまう。三人の話を聞いていたソフィアが、心配そうな顔で声をかける。


「なんだか、きな臭い話になってきましたね」

「はあ、まったくだよ」

「ソフィア、マフィア絡みというと、組織犯罪課になりますよね?」

「うん、そうですね。一応、担当者調べときます」

「助かります」


 サムとノアは、報告書に取り掛かる。それができる頃、出張に行っていたアレックスとマシューが帰ってくる。


「ただいま! 終わった終わった!」

「アレックス、まだ終わっていない。一次報告書」

「うるさいなあ、わかってるよ」


 どうやら以前から引っ張り続けていた事案が終局を迎えたらしい。マシューは早く事務仕事に取り掛かりたいようだが、アレックスはいそいそと化粧直しを始める。今夜は出かける気満々だ。

 そんなアレックスにノアが問いかける。


「なあ、ジョンソン・ファミリーがアンドロイド犯罪に関わってくるのって、あり得ると思うか?」

「あのマフィアが? ないない、やってるのは不動産と賭博でしょ? それ以外はクリーンな所だよ」

「アリスの事案でさ、その名前が出たんだよ」

「それで、ノア自身はその二つが関係あると思ってるわけ?」

「半信半疑ってとこ。でも、できるならその線をあたりたいと思ってる」


 二人の会話に、ソフィアが口を挟む。


「ちなみに、担当者はボブ・モレッツという方みたいですよ」


 その名を受けて、マシューが言う。


「ボブなら知っている。調子は軽いが、仕事ぶりは確かだ。快く協力してくれるだろう」

「じゃあ、マシューの名前出して資料とか見せてもらおうぜ!」

「ノア、まだボスが難色を示していますよ」

「あ、そうだった」


 ノアがポンと手を叩く。そんな彼らの様子を、ソフィアがどこか遠い目で見つめていた。

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