04:ダイナを追って
サムとノアは、ダイナが住んでいたマンションに居た。
イリタの社員なら、それ相応の高い賃金を得ているはずだが、ワンルームのごく小さな部屋であった。家賃もそれほど高くない。
「ちょっと、拍子抜けだな」
ノアが正直な感想を漏らす。
「ええ。てっきり豪邸かと思ってましたよ」
サムもそう言い、無駄だと分かってはいたがインターホンを押してみる。応答はない。
「ん? 電子ロック、かかってませんね」
「マジかよ。わざわざ管理人にキー貰いに行ったのに」
サムは慎重に扉を開ける。しんと静まり返った部屋は、多少荒れている印象だ。薄く、コロンのような香りがする。
「さて、捜索してみますか」
サムとノアは手袋をはめ、部屋の中へ入る。
入ってすぐ、キッチンがある。日常的にあまり使われた形跡は無く、調理器具も少ない。キッチンの向かいにトイレとバスルームがあるが、こちらは至って綺麗にされている。
問題の居室だが、コートやバッグが床に放り出されており、慌てて出かけたかのような印象を受ける。
「パソコンの類が一切無いな」
ノアが呟く。パソコンがあれば、データ類を抜き取れると思っていたのだが。
「あと、大き目のキャリーバッグなんかも見当たりませんね。彼女は最低限の荷物をまとめてどこかへ行った、というような気がします」
サムがそう言うと、ノアは改めて部屋全体をぐるりと見渡す。
「なあサム。この部屋、既に誰かが入ったような感じがしないか?」
「それは、ダイナ以外の人間、という意味ですか?」
「うん。ただの勘だけどな」
ノアが勘だけで物を言うのは珍しい、とサムは思う。しかし、電子ロックが開いていたことは、サムも気になっている。
「とにかく、もう少し見てみましょうか」
「ああ」
二人は捜索を続けたが、特に手がかりとなるものは発見できなかった。
次にサムとノアが向かったのは、入国管理局だ。
予め、捜査協力の依頼をしていたので、欲しい情報はすぐに手に入った。
「ダイナは既に、出国している、か」
続けて、出国日時の防犯カメラの映像を見せてもらう。大きなボストンバッグを手に持ち、サングラスをかけた一人の女性が映し出される。その様子は、普通の旅行者のようにしか見えない。
ダイナはスムーズに出国ゲートをくぐり、何の問題も無く歩き去っていく。
「荷物はこれだけ、ということは、とてもアンドロイドを入れて運ぶことはできないな」
「そうですね。連れも居ないようですし、アリスを連れて出国したとは思えません」
「ということは、アリスはネオネーストのどこかにまだあるってことだな。出国前に、どこかに隠したんだ」
出国してしまった以上、もうダイナの足取りを追うことはできない。部屋に手がかりも無く、あるのはセオドアの証言のみ。
疲れ切ったサムとノアは、いつものカフェへ足を運ぶ。アンドロイドのメリアが居る店だ。
「手がかり無し、かあ」
「ボスに報告しにくいですねえ」
二人は同時にタバコの煙を吐き出す。
「次はどうするよ?」
「考えるとしたら、アリスがなぜ、誰によって造られたのか、探ることですかね」
「あ、そんなの考えてなかった」
ノアは大あくびをする。
「アンドロイドを製造できる企業は限られています。しかも、ほとんどがイリタの傘下に入っていて、イリタの独占状態だと言っていい」
「もしイリタが未登録の機体をダイナに引き渡していたとしたら……それこそ大問題だろ」
「そこなんですよね。ただ、ダイナは設計士のルイスの娘でもある」
「ということは、ルイスが勝手にアンドロイドを作って娘に渡したってことか?」
「考えられない話ではありません」
二人が考え込んでいると、メリアがやってくる。
「コーヒーのおかわりいかがですかぁ?」
「ええ、お願いします」
サムはメリアを見て思う。アリスはなぜ、違法に造られたのだろう、と。
「ノア。僕たちは、違法改造されたアンドロイドを何体も回収してきました」
「お、おう。いきなりどうした?」
「なぜ違法改造したのか。一番多い答えは、本当の人間として扱いたかったから、だったと思います」
「まあ、そうだな。子供や恋人の代わりとして、って奴が多かった」
「アリスもそうだと思いますか?」
ノアはコーヒーを一口含み、頭を掻きながら答える。
「俺は、そうだと思う。でも、それ以上に、何か特別なアンドロイドなのかもしれない」
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