02:イリタ・ミュージアム





 イリタ・ミュージアム。イリタ・コーポレーションがこれまで発表してきたアンドロイドを展示し、その発展の様子を表した施設だ。

 サムとノアは、ダイナの後を継いだ人物に会う前に、一通りこの施設を見て回ることにした。


「ようこそ、イリタ・ミュージアムへ!」


 出迎える受付の女性は、もちろんアンドロイドだ。多少古い機体なのだろう。その笑顔にはぎこちなさがある。

 最初の展示は、イリタ・コーポレーションの歴史を説明する映像だ。「iRiTA」のロゴが大きく浮かび上がり、次いで創業者である入田相馬の顔が映し出される。


「入田は人と共生できるロボットの開発を目指しました。それは、心を持った暖かなロボットです。人間に近しい、私たちの新しい仲間。それがイリタのアンドロイドなのです」


 十分ほどの短い映像だったが、ノアは途中で退屈してしまったようで、大あくびをする。


「人間に近すぎるから、俺たちみたいな仕事ができちまったんだよ……」

「ふふ、そうですね」


 次いで二人は、イリタのアンドロイドの黎明期から現在までを順に並べたコーナーへ向かう。


「ケアーズ。これが最初期の機体ですね、介護用の」


 爽やかな笑顔を浮かべ、片手を挙げて立っているアンドロイド。当時の人気俳優の顔を模して造られた、とある。そして、この機体から、アンドロイドの感情表現の探索が始まったとも。


「今じゃあ、介護の現場にアンドロイドは欠かせないもんな。大したもんだよ。アンドロイドなら、過労自殺もしないしな」


 ノアは神妙な顔でそう言う。アンドロイドは定期的なメンテナンスさえしていれば、ストレスが溜まるなんてことは無いし、嫌になって自壊するということもない。


「あっ、ここからですよ。ルイス・デュラン設計のアンドロイドは」


 小さなパネルに、ルイスの写真とその経歴が書かれている。それを読むと、ルイスは一年前に他界していることが分かる。

 ルイスはイリタに入社後、サービス業に従事するアンドロイドを主に設計した。少数ではあるが、家庭用のハウスメイド型も造っていたらしい。


「ハウスメイド型は厄介だったな、サム」

「ええ。何しろ外部に出ませんから、違法改造の温床ですよ」


 二人は少し前に扱った事案を思い出す。


「さて、もうこれくらいでいいんじゃないか?」


 飽きてきたのだろう、ノアはそう言う。サムはまだ物足りなかったのだが、時間もそう無いか、と彼に同意する。




 彼の肩書は、臨時館長であった。ジェイソン・ヘイワード。見るからに温厚そうな、でっぷりと太った人物である。


「ダイナが居なくなったのは、本当に突然のことでした。あの几帳面な彼女が、定例会議に出席しないので、すぐに職員を家へと向かわせたんです。心配で」

「すると、家には誰も居なかった、と」

「はい。中に入ってはいませんけどね。それで、何日も彼女の連絡を待ちましたが、未だに何もありません」


 サムはノアの顔を見る。ノアは頷く。嘘は言っていない、ということだ。なお、セオドアがアリスを改造した時期と、ダイナが失踪した時期は重なっている。

 サムは話を変える。


「ダイナはあのルイス・デュランのご息女で、アンドロイドの普及活動を行っていたことは存じております。ですが、いつからイリタに所属しているのですか?」

「彼女が大学を卒業してすぐですから、もう二十年以上になりますね。私が個人的に彼女と話すようになったのは、ここ数年のことですが。非常に真面目で、情熱のある人物です」

「そうですか……」


 これ以上有効な情報は引きだせそうにない、とサムは感じる。すると、ノアが口を出す。


「ちなみに、アリスというアンドロイドは存在しますか?」

「私の記憶では、居ませんね。アリスという名前はありふれています。イリタでは、一般的すぎない名前をアンドロイドに冠することがほとんどなんですよ。一応検索してみましょうか?」

「いえ、結構です」


 サムとノアは、この辺りで引き揚げることにする。




 警察本部へ戻ったサムとノアは、経過報告書をまとめる作業に入る。とはいえ、あまり実の無いものなので、それができるのは早かった。


「お二人さん。コーヒー淹れてきましたよ」


 いつものように、気を利かせたソフィアが給湯室から戻ってくる。サムとノアは、今日の出来事をソフィアに話し出す。


「何か大変ですね。存在もあやふやなアンドロイドを追えって」

「だろ? クーパーに呼ばれたときから、嫌な予感してたんだよ」

「でも、見つけたらカッコいいっすね! さすがデッカード部隊って感じで!」

「じゃあ、ソフィアはアリスがどこにあると思うんだ?」


 ノアの問いかけに、ソフィアは腕組みをして大げさに悩んでみせる。


「ダイナがネオネーストの外に連れ出しちゃったんじゃないですか?」

「その可能性は低いですね。一応、裏を取る必要はありますが」


 アンドロイドを輸送するとなると、本来は専用のコンテナに入れる必要がある。人間と見せかけて通そうにも、金属探知機でまず引っかかる。バラバラにして密輸するのはさらに難しい。基本的に、アンドロイドは細かく解体することができないのだ。


「じゃあ、お金持ちの家に引き取られて、娘として扱われているとか?」

「そっちの方がありそうな話だな」


 ノアはアリスを買った金持ちの風貌を想像する。あまり気分のいいものではなかった。


「ただいま!」

「ただいま戻りました」


 アレックスとマシューが戻ってきて、デスクに着く。アレックスは、すぐにソフィアの元へ向かう。


「ちゃんと定時で上がれそう?」

「うん、バッチリです」

「私も何とかキリのいい所までは終わらせるから!」


 そんな会話を聞いていたサムは、マシューに問いかける。


「あの二人、どうしたんですか?」

「ああ、一緒にネイルサロンに行くらしい」

「ほほう。相変わらず仲がいいですね」


 ソフィアはアレックスのことを、姉のように思っている節がある。デッカード部隊の中でも、特に仲のいい二人のことは、皆微笑ましく思っていた。

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