二章
01:アリスの影
週明けの昼下がり。サムとノアは、ミーティングテーブルである人物を待っていた。
「俺、あのオッサン苦手なんだよなあ」
「僕も得意ではないですね」
げっそりした面持ちの二人。そこに意気揚々と現れたのは、第五捜査室のダニエル・クーパーであった。
「やあ! ウィスター捜査官、スズキ捜査官! 昼食はきちんと採ったかね?」
「ええ、まあ……」
クーパーの気迫に押され、サムの声も小さくなる。
「食事は活力の源を取り入れる重要な作業だ! 怠るなよ、絶対に!」
ニコニコと笑いながら優雅に椅子を引き、ストンと座ったクーパーは、二人に資料を見せはじめた。
「この男、セオドアという。ジェフ・セオドア」
資料には、顔色の悪い初老の男が写っている。
「複数のアンドロイドを違法改造した容疑で私が逮捕した。そして事情聴取の際! 妙なことを口走った」
クーパーの説明はこうだ。
セオドアは、アンドロイドの表皮の張り替えや顔の整形が得意な技師であった。アンドロイドの瞳の色を変え、識別番号を消してほしい、等の依頼を受け、違法な仕事をしていた。
そんな彼の元に、未登録の機体の整形をしてほしいとの依頼が来た。
アンドロイドは、必ず官公庁に機体の登録をしなければならない。土地と同じだ。どういう機体で、誰が所有しているのか。そして、識別番号の付与。これがなされていないアンドロイドなど、まずあり得ない。
しかし、セオドアは、それを持ちかけてきた人物の素性を知り、納得した。それなら未登録の機体もあり得る、と。彼は仕事を受けた。そして、顔立ちをそっくり造り替えた。
「そのアンドロイドの消息は、もちろん! 分からん。しかし、未登録で違法な機体が存在していることは、確かなのだよ!」
サムとノアは半信半疑であった。今の所、物的証拠が見つかったわけでは無いようなのだ。ノアは言う。
「そいつの与太話じゃあないんですか?」
「いや、違うな。嘘は言っとらんよ、あの男は」
おそらくクーパーの勘なのだろう、とサムは思案した。しかし、このベテラン捜査官の勘はよく当たると有名だ。サムは口を開く。
「それで、その未登録の機体とやらが、うちの担当になるわけですか? そんな不確かな情報だけで?」
「その通り! 君たちデッカード部隊には、ぜひ力を尽くしてもらいたい! ぜひ!」
サムとノアは、ひとまずセオドア本人への取調べを希望した。
ほどなくして取調室へ向かったサムとノアは、セオドアへの取調べを開始した。
「依頼人は、ダイナだ。ダイナ・デュラン。かの有名なルイス・デュランの娘だよ」
セオドアは、ハキハキと話を始める。会話を継ぐのはサムで、ノアは黙ってメモを取っている。
「デュランというと、イリタのアンドロイド設計士だった男性ですね」
「そう。今出ている人気機体のほとんどは彼が設計したと言っていい」
「その娘だというのは、確かですか?」
「ああ。彼女は有名人だろう? 見間違うはずはない」
サムもダイナという女性のことは知っていた。アンドロイドの普及活動をしていた人物で、ニュースにも度々取り上げられていたからだ。
だが、そんな彼女が違法行為を持ち込むとは、サムのイメージでは考えられなかった。
「あなたはどういった依頼をされたのですか?」
「その機体……アリスと呼ばれていた。製造から二年は経った機体だったな。そいつの顔を、丸ごと造り替えて欲しいと言われたんだ。表皮の色まで替える余裕は無かったが、目も鼻も口も、全て整形した」
それから二十分ほど事情聴取を続けたが、ほとんどクーパーが聞きつくしている内容で、最後の方はセオドアもうんざりしている様子だった。
一旦切り上げることにしたサムとノアは、自分たちのデスクに戻った。すると、ボスが話しかけてくる。
「どうだった?」
「嘘は言ってないみたいですね、多分」
ノアはエンパシー能力でセオドアの感情を探っていた。完全に嘘を見破れるわけでは無いらしいが、大きな感情の揺らぎは無かったのだという。
「少し厄介な事案ではある。何しろ取っ掛かりが少ない。しかし、きっちりと捜査は進めて欲しい。まずはダイナとの接触だな」
サムとノアは頷き、ダイナ・デュランなる人物の情報を集めることにする。
「イリタ・ミュージアムの館長?」
「どうやら、そのようですね」
イリタ・ミュージアムは、イリタ・コーポレーション本社に併設された、アンドロイドの展示館だ。ネオネーストの学生が、社会見学に行くような場所であり、そこそこの規模はあるらしい。
「じゃあ、イリタの所属ってわけだ」
「そういうことだとは思ってましたけど」
サムとノアは、喫煙室に移動する。
「妙な事案、引いちまったな」
煙を吐き出し、ノアは大きく伸びをする。
「ダイナと接触できても、否定されれば終わりですし」
「そこなんだよな。彼女をしょっぴくわけにもいかない。どうしろっていうんだよ」
ノアの憤りはクーパーに向けられる。
「あのオッサンが処理してくれればいいのに。あいつの勘とひらめきとやらで何とかなるだろ」
「でもそこは、やっぱりあなたの出番だと思いますよ」
サムは薄く笑みを浮かべる。それを見たノアは、目を伏せる。
そして、イリタ・ミュージアムに連絡を取った結果。ダイナが行方不明になっていることが発覚した。
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