04:メテオライト
ネオネーストは、多様な人種が集う街だ。公用語は英語だが、日本企業が多いため、日本語が通じる地区もある。
サム、ノア、アレックス、マシューの四人は、日本人が営む和風の居酒屋に居た。ソフィアは何やら用事があるようで不在だ。
「はあ、仕事辞めたい」
いきなりそんな口火を切ったのはノアだった。但し、それは重篤な悩みではなくて、彼の口癖なのだと全員分かっている。
「俺、もっと楽な仕事だと思ってたからなあ。アンドロイドの区別なんかホイホイできるし」
「だよねえ。私もこんなに事務仕事が多いなんて思ってなかった」
ノアに賛同するのはアレックスである。彼はスルメイカにどばどば醤油をかけながら、ため息をついた。
「筋トレするといい。体力をつければ事務仕事も辛くなくなる」
マシューは大真面目にそう言うが、二人は取り合わない。今度はボスの悪口を始める。
サムはビールを少しずつ飲みながら、皆のやり取りを眺める。思えば、最初にこの四人が顔を突き合わせたときは、本当に上手くやれるのかどうか、彼は不安で仕方が無かった。
まず、サムはエンパスに会うのが初めてだった。ノアを見たときは、どこにでも居る普通の東洋人だと感じたし、感受性はむしろ低そうにも思えた。
そして、自らの感情を読み取られるのでは、とサムはこわくなったが、エンパスは無闇にその能力を使わないのだと知った。
エンパスは、他人の感情が入り込んでくることで、精神に異常をきたす場合が多い。それをコントロールし、能力をオフできるようになれば、社会生活が何とか営める。ノアやアレックスのように、それを使って仕事もできる。
ただ、そうなるまでの過程は長く、苦しい。サムはノアから直接そんな話を聞いたわけでは無いが、ノアと知り合った後に勉強したのだった。
「ところでよ、アレックスとマシューはデッカード部隊の語源、知ってたか?」
「うん。映画でしょ?」
「元々は小説だな」
「マジかよ。俺たち、今日ソフィアに聞いて初めて知った」
ノアの言葉にアレックスとマシューは顔を見合わせる。そして、マシューが携帯端末で画像検索を始める。
「これがデッカードだ」
サムとノアは表示された画像を覗き込む。サムは言う。
「こういった風貌の人は、我が捜査室にはいませんね」
「だな。イケメンすぎる」
「イケメンといえば、サムもそうじゃん。タイプが違うけど」
「まあ、そうですね」
アレックスの言葉をサムは否定しない。
「うっわ、自覚がある奴は始末悪いわ」
そう言うアレックスこそ、その美貌に惹かれた男や女たちを撃退したりしなかったり大忙しではないか、とサムは思ったが、言わないでおく。
マシューが神妙な顔つきで口を開く。
「案外、泥臭くて暗い話だ。小説は手が出にくいだろうが、映画なら見てみたらどうだ?」
「時間があればね」
ノアはタバコの煙を吐き出しながら、興味なさげな顔で言う。いくら時間があっても彼は見ないだろう、とサムは思う。
やがて、飲み会は二次会、三次会に突入し、四人は上機嫌でそれぞれの帰路に着く。しかし、サムだけは、まだ繁華街をうろついていた。一人で飲みたい気分になったのだ。
サムが見つけたのは、「メテオライト」と書かれた小さな看板だった。
大通りから外れた雑居ビルの二階にあり、一見では入り辛い場所にあったが、酔いが後押ししたのか、サムはそのバーに入ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
出迎えたマスターは、無精ひげを生やした白人男性で、店内の雰囲気は、非常にオーセンティックなものだった。
サムは適度な柔らかさが心地いい椅子に腰掛け、全体を見回す。彼の他には、三人ほど客が居る。彼はジントニックを注文する。
タバコをくゆらせながら、しばらくカクテルの味を楽しんでいると、バックヤードから女性の声が聞こえてくる。
「果物買ってきたよ、キース」
「ありがとう」
マスターの名はキースか、とサムは心に留めておくことにする。この店が気に入ったのだ。
「お客さん、次、何か要りますか?」
「同じもので」
ジントニックができるのを待つ間、先ほどの女性はどうしたのだろう、とサムは思う。てっきりここの従業員で、カウンターに立つものだと思っていたのだが。
サムはキースに聞いてみるか考えたが、他の客との話に忙しそうであり、やめておくことにする。
携帯端末を見ると、ノアからメールが来ている。ちゃんと帰ったか、という内容だ。サムは相方の勘の良さに内心笑ってしまう。ノアがエンパスだから一人飲みがバレたのではない。一緒にいる時間が長いから、そうなのだろう。
サムはバーで飲んでる、と正直にメールを返す。誘ってくれればいいのに、と文句が来る。そして、明日の約束忘れていないだろうな、と。
明日はノアと一緒に、彼の故郷ともいえる場所に行く約束である。もちろん、サムは忘れてはいない。
「またお越しください」
ゆったりとしたキースの声に送られ、サムはようやく家に着いた。
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