03:デッカード部隊
翌朝、サムとノアが出勤するとすぐに、庶務係であるソフィア・リッツが話しかけてくる。彼女は良く言えばスレンダー、はっきり言えば貧相な身体つきをした、お世辞にも色気があるとは言えない女性だが、仕事だけはよくできる。
「お二人さん! すぐに取調室に来いって、ボスが言ってましたよ!」
「えぇ? 今すぐ?」
「始業時間まであと十五分ありますが……」
「すぐ行ってください。じゃないと私が叱られますから!」
ソフィアの剣幕に押され、二人は渋々取調室へと向かう。そこでボスから昨日の内容を聞かされ、今度は二人も同席した上で取調べが行われた。
ブラウンにはもはや覇気も威勢も無く、時々涙を溜めては謝罪の言葉を繰り返す、といった調子だった。そして、証言通り倉庫のコンクリート床を剥がして土を掘り返したところ、白骨化した遺体が発見されたという報告が入ったのが、夕方のこと。
ブラウンは、アンドロイドの違法改造、違法所有の他、殺人と死体遺棄の罪に問われることになる。彼は最後まで、アンドロイドのジェーンを処分しないでくれと懇願していたが――その願いは、叶うことはないだろう。
「つ、疲れた……」
「ええ……想定より、大事になっちゃいましたね……」
昼食時もとっくに過ぎた頃、ようやくサムとノアは事務室に戻ってきた。既に彼らだけでは対処できない事件になっているので、ボスはそのまま関係各所と連絡を取りに行っている。
気を利かせたソフィアが、二人に話しかける。
「デリバリー、頼みましょうか?」
「僕はいつもの中華で」
「あ、俺も」
程なくして届いたヌードルを食べながら、二人はソフィアに今回の事件の話をする。全員、仕事は溜まっているのだが、ボスが部屋に居ないときは大いに気を抜いている。
「アンドロイドを死んだ子供の身代わりにするっていうのはよく聞きますけど……その子供自体を自分で殺してたっていうのは、何とも言えないっすね」
「彼は二度、娘を殺したようなものですよ。本当に酷い事件です」
もしも、ブラウンが自分から罪を告白していれば。強制回収ではなく、自らアンドロイドを差し出していれば。ジェーンと呼ばれていたその機体が、処分されない可能性も十分にあった。しかし、彼が殺人罪を犯していたとなれば、どちらにしろ結末は同じであったが。
しんみりしかけた空気をぶち壊すかのように、ソフィアは呑気なことを聞いてくる。
「それで、現地では格闘戦ですか?抵抗する容疑者の攻撃をかわして、そりゃあ! って」
「ならねぇよ! 取り押さえたの機動だし!」
「僕たちあくまで事務方ですからねえ」
彼らに与えられているのは捜査権限だけであり、相手側から攻撃を受けない限り、本当の意味での荒事に及ぶことはできない。
エンパスであるノアがアンドロイドを識別し、説得に及ぶというのが彼らの仕事だ。
「あーあ、デッカード部隊っていっても実際やることは地味ですよね、ウチ」
「ねえ、ソフィア。前から気になってたんですけど、デッカード部隊ってどういう意味ですか? 他の部署から、そう呼ばれているみたいなんですが……」
「えっ? えっ、知らないんですか?」
「俺も知らない」
「ノアも?」
ソフィアは平らな胸の前で腕を組み、深いため息をつく。
「ブレードランナーですよ。フィリップ・K・ディックの小説を元に作られた映画で……って、ここまで言えば分りますよね?」
「済みません、僕にはあまり、ピンとこなくて」
「俺も映画って見ないんだよな」
「マジっすか! この仕事してて知らないってマジっすか!」
「呆れてるのは判ったから、さっさと説明してくれよ」
「ブレードランナーっていうのはですね。ざっくり言うと、逃げ出したアンドロイドを捕まえる話なんですよ。ウチって、最終的にはアンドロイドを強制回収するっしょ? だから、その映画の主人公の名前を取って、デッカード部隊って呼ばれてるんです。別に小説や映画に詳しくなくても、ここに居れば自然と身に着く知識だと思うんですけど……」
サムとノアは顔を見合わせる。二人とも、既にヌードルは食べ終わっていた。
「まあ、それはいいとして。ゴミ片づけときますよ」
「ありがとう、ソフィア」
気の利く庶務係に礼を言ったサムは、パソコンに向かう。しばらく事務仕事を続けていると、向かいの席の主たちが出張から戻ってくる。
「ただいま! あれ、ボスは?」
「僕たちの担当の件で、ちょっと飛び回っているんですよ」
「そっかあ、まあゆっくりしたいし丁度いいや」
そう言いながらドカリと席に腰を下ろしたのは、アレキサンダー・エヴァンス。名前の通り男性であるが、その容姿はどう見ても女性のようであり、しかも美しい。セミロングの銀髪をたなびかせて街を歩けば、誰もが振り返るような美貌である。性自認はどちらなのか、同僚たちは誰も聞いたことがないが、彼はアレックスという愛称で自らを呼ぶことを強いていた。
「ただいま戻りました」
次いで席に着いたのは、マシュー・ラウ。細いたれ目と、スーツの上からでもわかる屈強な肉体の持ち主だ。粗暴そうな見た目とは裏腹に、物腰は柔らかく、丁寧な仕草をする。アレックスと並ぶとさながら美女と野獣であるが、その内面は逆であることは有名だ。
「お疲れさまです! ボスも居ないし、皆さんコーヒーでも飲みますか?」
ソフィアの意見に全員が賛成し、サムも報告書を打っていた手を止める。
コーヒーが配られ終わった頃、アレックスがサムとノアに問いかける。
「けっこう大変な事案だったんでしょ? 殺人までいっちゃったって」
「そうなんだよ。朝から取調べでぐったりさ」
ノアは大げさに肩をすくめてみせる。
「うちはもうひと踏ん張りってところかな。対象がアンドロイドだってことはもう判ってるし」
アレックスも、ノアと同じくエンパスである。二人は能力を買われて特別捜査室に呼ばれた存在であり、その実力は確かだった。
エンパスを導入した特別捜査室が立ち上げられてから、まだあまり年月は経っていない。ここにいる五人とボスは、それぞれに独特の経緯があってここに集まっているが、立ち上げ時のメンバーであるということは一致していた。
二人のエンパスが仕事の愚痴を言い合っている間、マシューがサムに問いかけてくる。
「それじゃあ、そちらは仕事が一区切りというところか?」
「そうですね。今はブラウンの件以外、担当はありません。事後処理が終わり次第、また新規に担当割り当てなんでしょうけど」
マシューは顎に手をあて、ふむ、と頷く。
「一般の方が何やら騒がしかった。用心しとけよ」
一般、というのは、特別捜査室以外の捜査室のことを指す。そちらで処理しきれない案件が、このデッカード部隊に舞い込んでくるのは、よくあることだ。
「ありがとうございます。まあ、来る仕事は拒めないですけどね」
「そうだな」
彼らはボスが帰ってくる前にコーヒーを飲み終わり、真摯にパソコンに向かう。
今日は週末だった。早々と仕事を切り上げた捜査官たちは、示し合わせたかのように居酒屋へ向かった。まだ仕事の終わらない、可哀相なボスを除いて。
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