一章
01:アンドロイドの娘
昼下がりの工場地帯。
大型車両が往来するので車道の幅は広いのだが、建物同士は密接しており、小さな路地が驚くほど多い。
この時間帯に、こんな場所に現れるスーツ姿の男たちと言えば、借金取りか役所の人間と相場は決まっている。
サムとノアは、その後者であった。
「こんにちは。警察の者ですが、ブラウンさんはいらっしゃいますか?」
作業所と事務所が一体化した二階建ての建物。インターホンに出たのが、若い女性だと判り、サムは柔らかな表情を作る。
「父は居ますが、作業中でして、手が離せないかと……」
「では、中で待たせて頂きます。大切な用件でしてね」
サムが対応している間、ノアは慎重に耳を澄ませる。雨音が激しいが、本当に作業中ならば、多少の金属音がするはずだ。ここは自動車修理工場なのだから。
「でも、父の許可を得ないと」
「なら許可を貰ってきて下さい。お願いします」
インターホンが切れ、しばらく後、電子ドアが解除される。作業をやめ、慌てて事務所に戻ってきた風を繕うには、充分な時間だった。
「また警察ですか。前の人と、違うみたいですけど?」
作業服を着た五十代の男・ブラウンは、うんざりした表情でサムとノアを迎えた。事務所内には一応の応接スペースらしい古ぼけたローデスクとソファがあり、そこに二人は腰掛けた。インターホンに出た若い女性は、室内に居なかった。
「担当が変わりましてね。僕はサム、彼はノアです」
二人はブラウンに身分証を呈示する。そこには「アンドロイド特別捜査官」との肩書が表示されている。時候の挨拶は不要と判断したサムは、早速口を開く。
「単刀直入に言います。貴方には、違法改造されたアンドロイドを所持している疑いがあります」
「だから、ジェーンはうちの娘だって言ってるだろう!」
ブラウンは机を叩き、大声を張り上げる。しかし、サムはそれに臆することなく話し続ける。
「あくまで、疑いがある、というだけです。ジェーンさんが人間であることが証明されれば、僕たちはこれ以上貴方たち親子に干渉しません」
サムが話している間、ノアは一言も口を開かず、ブラウンに関する捜査事績を反芻していた。
自動車修理工であるブラウンには、二十五歳になる一人娘のジェーンがおり、彼女はネオネーストの戸籍や住民票にも正しく登録されている。しかし、半年前に検挙したアンドロイドの違法改造業者の顧客リストに、ブラウンの名前があった。彼は業者からアンドロイドを購入し、正式登録もせず、「娘のジェーン」として振る舞わせているのではないか。それが今までの捜査事績であったが、ジェーンなる人物がアンドロイドか否か、その証拠は全く掴めないでいたのだ。
「あのう、お茶をお持ちしました……」
問題の人物が、おずおずとした様子で現れた。赤毛を低い位置で一つ結びにしたジェーンは、父親とスーツの二人組を交互に見ながら、遠慮がちにグラスを置く。
「やあ、君がジェーンだね? お茶、ありがとう」
ノアは軽薄そうな笑みを浮かべ、ジェーンの顔を見つめる。その視線に耐えられない、といった様子で彼女は目を伏せる。
「こんな奴らに茶なんか出さなくていい!」
「ご、ごめんなさい」
「いやぁ、このお茶旨いねぇ。君みたいな可愛い子に出してもらえたからかな?」
ノアの声に、ジェーンは居心地悪そうに眉をひくつかせる。その瞳は青く、顔にはバーコードが無く、一見、どこにでもいる気の弱そうな女性だ。
ブラウンがジェーンに茶を出させたのは、わざとだった。なぜなら彼には、ジェーンがアンドロイドだと見破られない、絶対の自信があった。彼女はイリタ製で、購入して4年が経つ。その間に、所作や表情も完璧に学習させたのだ。
さらに、本物のジェーンの記憶をインプットし、過去の思い出話までできるようにしている。実際、遠方の親戚が彼らを訪ねてきたとき、アンドロイドだと気づかれることは無かった。幼い頃、池に落ちた事や、蜂に刺されたという「記憶」を、ごくごく自然に話すことができたのだ。
ここまで人間に近づけたアンドロイドを判別するには、身体検査を行うしかない。だが、本人の同意無く身体検査をすることは認められていないため、ジェーンが嫌だと言えばそれ以上の追及はできない。今までの捜査官も、そうやって追い返されてきたのだ。
「私、身体検査は受けません。父が受けるなと言っていますし、アンドロイド扱いされるのも、ハッキリ言って不愉快です」
想定通りの返答だったが、サムはまだ説得の余地があると考えており、ブラウンに語りかける。
「ブラウンさん。自主的に、本当の事を話していただけれるのであれば、僕たちも手荒な真似はしません」
「だから、ジェーンは人間だ! あんたらこんなことして人権侵害だぞ? 本人もこんなに嫌がっているんだからな!」
ノアはちらりと腕時計を見る。
「サム、もういいよ」
「本当は少し粘りたかったんですが……仕方ないですね」
ノアは指輪型の通信機を立ち上げる。
「こちらノア。違法改造されたアンドロイドを一体確認。所有者は容疑を否認。強制回収に移れ」
強制回収、という言葉に、ブラウンは思わず立ち上がる。声を出そうとした刹那、扉から複数の男たちが入り込んでくる。その内の一人に、ブラウンは腕を取られ、立ったまま壁に押さえつけられる。それでも必死に顔をジェーンの方に向けると、彼女も同じように取り押さえられていた。
「ジェーン!」
「お父さん!」
冷たく光る金属製のリングが、ジェーンの首にはめられる。その瞬間、ジェーンは「機能を停止した」。
「これでも言い逃れをなさるおつもりで?」
口調だけは丁寧なサムが、ソファに座ったままブラウンを睨みつける。ノアはというと、ジェーンとされていたアンドロイドに近づき、鹵獲に使われた金属製のリングに浮かび上がった個体識別番号を確認している。
「ボス、一致しました?」
ノアの通信機から、低い男の声が返ってくる。
「ああ、よくやった。後は機動に任せてお前たちは一旦戻れ」
「承知しました」
その言葉を受けて、サムはゆったりと席を立つ。忘れ物が無いか確認しながら。
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