ネオネースト~アンドロイド特別捜査官~

惣山沙樹

プロローグ

00:カフェ・ゴールデン





 その日のネオネーストの町は酷い雨だった。




 黒いスーツ姿の二人組が、一軒のカフェへと入って行く。開業してから数年の、外観にはこれといった特徴がない店だが、出店競争の激しいこの界隈では、それなりに生き残っている場所ではある。

 ここの名物は、渋みの効いたコーヒーでもハムサンドでもなく、一風変わった看板娘だ。


「いらっしゃいませ! あっ、お二人さん、お久しぶりだねぇ」


 この二人組は常連客であり、看板娘・メリアは、彼らの名前、好み、前回の来店日時を正しく「記録」している。


「やあメリア。今日も元気そうだね」


 柔和な笑顔で返事をしたのは、茶髪で長身の方の男だった。彼の名前はサミュエル・ウィスター。愛称はサム。額が広く、知性的な顔立ちをしている。元々は英国人で、丁寧な英語を話すので、メリアには彼の言葉が「認識」しやすい。


「なんだ、昼下がりだっていうのに暇そうだな」


 少々失礼とも取れる発言をした、黒髪で細身の男は、ノア・スズキ。一目でそれとわかる東洋系の顔立ちであり、スーツを着ていなければ学生のように見える程の童顔である。日本人であり、本名が別にあるらしいが、英語圏では発音しにくいので、ノアというイングリッシュ・ネームを使っているのだという。

 メリアの「記録」では、彼らがバラバラにこの店を訪れたことは一度も無く、決まって二人ともコーヒー一杯、滞在時間は二十分程度。


「朝からこの雨ですからね。ウチは客単価も低いし、商売あがったりですよぉ」


 店内には他に二人の客しかおらずガランとしているが、賑やかな看板娘のお陰で、辛気臭い雰囲気はまるで無い。


「サムもノアも、たまにはコーヒー以外注文してって下さいね?」

「そうしたいところだけど、今から現場なんだ。悪いね、コーヒー二つで」

「はぁい」


 メリアは少し「残念そうな」笑みをサムに向け、厨房へと戻って行く。サムとノアは、慣れた様子で一番奥のボックス席に腰を下ろす。


「マスター。ホットのブレンドコーヒーを二つ」


 厨房(といっても家庭用の台所が大きくなった位のものだ)にはこのカフェのオーナーただ一人だけが居て、彼は黙々とコーヒーを淹れはじめる。今日は雨のせいで閑古鳥が鳴いているが、ランチ時ともなると席は満杯になるため、オーナーはメリアを「導入」して正解だったと思っている。

 彼女は、注文を間違えることが無い。一度来た客のことも「記録」できる。体調不良で休むことは無い。きちんと「メンテナンス」さえしていれば、毎日働かせることができる。


「お待たせしましたぁ」


 メリアはサムとノアにコーヒーを差し出す。サムの方のみ、ミルクの入ったポットをつけるのを忘れずに。


「それでは、ごゆっくり」


 そう言って金色の瞳でウインクをするメリアの左頬には、バーコードのような模様――アンドロイドの識別番号が印字されている。


「あいつもすっかり人間みたいになってきたなぁ」


 ブラックコーヒーを啜りながら、ノアが言う。彼は初めてこのカフェに訪れた時のことを回想していた。そもそも、この店を選んだのは、別にアンドロイドのウエイトレスが目当てでは無かった。ただ、彼らは室内で喫煙できる所を探していただけなのだ。そこまで思い出して、彼はタバコに火を点ける。


「彼女はイリタ製の中でも最新鋭の機体ですからね。感情表現を取り入れるのが本当に早い」


 サムはゆっくりとスプーンを前後に動かす。イリタ、というのは、アンドロイド製造会社の最大手である。メリアのリース料はさぞかし高額だろうが、いつ辞めるかもわからない学生のバイトを雇うよりは安心なのだろし、それ相応の儲けは出ているのだろう、とサムは思う。




 人を模した機械であるアンドロイドが実用化され、人々の生活に根付きはじめた時代。

 「アンドロイド共生都市」を掲げるネオネーストでは、カフェで、病院で、工場で、企業の受付で、アンドロイドを見かけることが珍しくなくなってきた。

 ネオネーストに暮らす人々は、おおむねアンドロイドを受け入れており、この都市が目指す「人とアンドロイドが共に歩む新時代」を、具現化しつつあるように見える。

 しかし、アンドロイドが人間社会に進出するようになって、様々な問題が浮上してきた。メリアのような高機能のアンドロイドは、まるで「感情を持っているかのように」振る舞うため、少し会話しただけでは人間との区別がまるでつかない。

 身体能力が勝るアンドロイドを人間として振る舞わせ、窃盗をさせたり、詐欺まがいのことをさせたりする人間が出てきたのだ。

 よって、法律ではアンドロイドの瞳を金色にすること、顔面に識別番号を印字することを義務付けている。人権の無いアンドロイドに対し、それは差別では無く、区別であった。




「サム、そろそろ時間だ」

「ああ。行こうか」


 メリアは代金を受け取り、正確に釣り銭を渡す。本日の彼らの滞在時間は、十七分。


「またお越しくださいね!」


 本心からそう思っているように「見える」メリアの表情は、複雑にプログラミングされた「動作」であり、彼女が二人を好いているとか、この仕事を楽しんでいるとか、そういったことは一切無い。

 アンドロイドに、感情は無いのだ。

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