第78話 天才と武闘大会 五日目・夜


 戸を叩く。

 顔を出したのは副ギルだった。


「入れ」


 彼に促され、部屋へと入ると私たちを呼び出した本人である、ギルドマスターがそこにいた。


「突然お呼び出しいたしまして、すみません」

「まあ座れや」


 2人に勧められて、アサシンと椅子に座る。

 お茶と茶菓子が出された。


「ったく、普通は望んでも一生ルーと話せないやつばかりだってのに。一か月も経たないうちに四度もこうして茶を出してもらえるなんてな。運がいいんだか、悪いんだか」


 副ギルが場を和ませるためか、軽い感じで言う。ルーと呼ばれたギルドマスターは、私たちに茶菓子を勧めた。


「私のお気に入りの菓子なのですが。どうぞ」


 とても美味しい。

 とりあえず一つだけと思い食べたのに、手が止まらない。アサシンも黙々と食べた。


「気に入っていただけたようで幸いです」


 自身もお茶を飲んで息を吐くと、頭を下げた。


「まずクレアさんには、感謝を。あなたのおかげで市民に怪我なく済ませられました。ありがとうございます」

「本当に助かった」


 菓子に伸びていた手が嫌でも止まる。

 お茶で口の中を流して、顔を上げるように言った。


「自分や友人の身を守る意味もあったし、当然のことをしたまでよっ。お願いだから、普通にしてちょうだい」


 2人の意志は固く、一度では聞いてくれなかったが、何度も言うとようやく上げてくれた。


「それよりも……ルカウィズルルディさん、だっけ? あのエルフ様はどう??」


 試合終了後、係員と回復師が囲み、救命を行っていた。

 最悪の事態もありうる有様であったので、心配していたのだ。


「ルーカスなら一命をとりとめました。未だ予断は許されませんが」

「そう、とりあえずは無事なのね」


 今後どうなるかは分からないが。あの場で死ななかったと聞けただけでも少し気が楽になる。


「愚弟を気にかけていただき、ありがとうございます」


 また頭を下げるギルドマスターに慌てた。


「だから、頭をっ……ん、愚弟? え、兄弟なの??」

「ええ、ルーカス。ルカウィズルルディは弟です」

「お? なんだ、知らなかったのか?」


 2人に見つめられて、のけ反る。

 知っていて当然のことを聞いてしまったようだ。


「申し訳ないのだけれど。私、とんでもないほどに世間知らずなのよ」

「世間知らず、か。まあ兄弟といっても、人間の言うところのそれとは違う」

「エルフ族は世界樹の根から生まれます。なので皆等しく世界樹の子。家族であり兄弟なのです」


 木から生まれる種族。

 老いも若きも、皆兄弟。ちょっと突飛すぎて、理解が追い付かない。


 ――異世界だし、そういうこともあるよねー。


 現実逃避をしつつ、何とか飲み込んだ。ギルドマスターは仕切り直すかのように軽く咳払いをする。


「さて、この度の感謝の念を何か形として、あなたにお渡ししたいのですが。何がよろしいですか?」

「え? いえ、必要ないわ。さっきも言ったけれど、自分のため、観客席にいた友のために行ったことだもの。お礼なんて不要よ」

「だがそういう決まりなんだ。難しく考えずに、もらってやってくれないか?」


 副ギルが困惑した表情をした。おそらく、もらわないのも困るのだろう。


「まあ、そういうことなら……。でも欲しいものなんてないのよね」


 正確に言えば、欲しいものはある。だが何一つとして用意できないだろうと考えていた。

 一番欲しいのは異界渡りの宝珠。次に欲しいのは、素材。

 素材も錬金術のスキルがなければ、錬金要素を確認することなどできない。錬金要素の判断は私しかできないのだ。


「うーん、物でなくてもいいのなら、ギルドランクを赤にしてほしいわ。とにもかくにも、ダンジョンに潜りたいの。他には……文字も習いたいわ。最低限、子どもの絵本を読める程度にはなりたいわね」

「なるほど、考慮いたしましょう」

「ギルドランクなら、栄誉ある8人ベストエイトにも入ってるし、不可能じゃねえな。できればどちらかが明日の試合、もう一戦だけでも勝ってくれりゃあもっと簡単になるが」

「あら、あと一戦だけでいいの? 私は優勝するつもりよ! ……でも、今日の最終試合。あの魔女を倒すには少し手間取りそうね」


 異形の者を思い出す。

 あれ一体を相手取るなら、勝算はある。だが、あの者と魔女を同時に倒さねばならないとなると、一気に難易度は上がった。


「リーハラウシェさんはこの一年で相当強くなったようですね。あのような召喚獣は初めて見ました。――あれはおそらく、悪魔でしょう」

「悪魔?」


 悪魔とは、観覧室でシルディアにからかわれたときに出てきた単語だ。


「そうか、悪魔か。だったら対処法は一つだな」

「ええ。……クレアさん、これから言うことは独り言です。聞くも聞かぬもあなた次第ですので」

「え?」


 疑問の残る私を置いて2人は勝手に納得すると、ギルドマスターが淡々と話し出す。私はただ、それに耳を傾けるしかなかった。

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