第71話 天才と武闘大会 五日目・ベストエイト2


 炎竜は周りの空気を使って燃え続ける。

 この辺り一帯の空気は薄くなっていた。


『あれ? 炎の竜の色が変わってきましたね。キレイな青色だったのに、今は赤が混じっています。これもこれで、キレイですねぇ』

『ええ。尾の端の方から色が変わっているようです。もしかしたら時間制限があるのかもしれません』

『なるほどぉ。泥が一瞬で乾くほどの熱さですからねぇ。維持にも相当な魔力を使いそうです。クレアちゃんにとって、諸刃の剣にならないといいんですけれどね』


 シルディアの荒い息が聞こえる。

 襟や袖口をまくって、少しでも熱さを逃がそうとしていた。

 汗で服が張り付き、艶なまめかしい。


「ほぉんと。だからあなたとはぁ、戦いたくなかったのよねぇ」

「形勢逆転かしら?」


 解説者は“諸刃の剣”だと言っていたが、そんなことはない。

 称号によって、この程度の熱さは、何とも感じなかった。空気の薄さもそうだ。普通に呼吸できる。


「まさかぁ。泥波カバー・コンプリィティ


 足場から土がごっそりと減った。

 落ちそうになるところをとっさに避ける。


 その減った分と同じだけの体積分が、大きなワニの口のような泥として出現した。

 その口は竜を食らう。


『おおっと、泥が竜を食べました! これは面白い!! 黒魔女ならではの大胆な火消しぃ!』

『異端の黒魔女は、泥の扱いに長たけております。これだけの泥を操るのは、彼女の師である西の大魔女であっても、難しいでしょう』

『シルディアさんは、泥しか扱えないとの噂もありますよねぇ。ですが、だからこそそれに特化したとも言えそうです!』

『魔術師なのに泥以外の魔術を使えない。それゆえ異端と呼ばれるのです。けれど、皆様もご存知の通り、彼女の泥はとても凶悪です。例え普通とは違っていても、一つのことを一心に鍛錬し続ければここまで上りつめられるという、良い見本でしょう』


 一瞬、泥に阻まれ、暗くなる。

 しかし、すぐに目を焼くような明るさは戻った。


『泥が渇き、竜は再び姿を見せたぁ!』

『ですが色はより赤くなりました。泥の乾き方から見ても、温度が下がったような気がします。もしかしたら、色と温度は関係しているのかもしれません』


「もうっ! 泥波カバー・コンプリィティ


 また足元の土が一気に減る。

 竜から発せられる光も遮られた。


「ねえ、そっちばかり構ってたら、寂しいわ。荒れ狂う水トーレント


 乾いた地面も抉えぐり、濁流がシルディアを襲う。

 立て続けに杖を振った。


「泥は美容にいいのでしょう? だったら手伝ってあげるわ。泥波カバー・コンプリィティ


 水を含んで泥と化した地面を操り、上からそれをかぶせる。


『すごいっ! 可愛い顔してえげつない!! 相手の得意魔術をそっくりそのまま、お返ししたぁ!!』

『最初からあの魔術を習得していたという可能性もありますが。もし、今この場で真似したとなれば、理論構築と魔力の流れから使い方までをも見破ったこととなります。そうであれば、異常ですね』

『ギルマスから、異常という言葉をいただきましたっ! クレアちゃん、マジぱねぇ!!』


 泥に埋もれてもまだ、彼女の意識はあるようだった。

 泥の中で何かしらの魔術を展開しているのが分かる。


 ――さすがに泥で決着はつけられないか。


 ならばと、泥の一部を棒のように使って、シルディアを宙へと放りだす。


突き上げろスロー・アウェイ


 泥を無理やり突き進まされた衝撃からか、シルディアには余裕がないようだった。

 好機だとたたみかける。


範囲指定リィンジ・オブ


『おおっと、あの魔術は!!』


 空に打ち上げられた彼女に、逃れるすべなどなく。


地に沈めロード・アップ


 重力が増したその範囲内で、叩きつけられるように地面に落ちた。




『審判がカウントをとっています。シルディアさんは、ピクリとも動かない!! これは勝負あったかぁ!?』

『クレアさんの魔術はまだ続いているようです。負荷も大きい。もし、意識が戻ったとしても、起き上がることは不可能かと』

『なるほどぉ! クレアちゃんは油断もしていないということですね。っと、ここでカウントが終わりました。……つまりこの試合、勝者はクレア・ジーニアス!! おめでとうっ、クレアちゃん!』

『おめでとうございます。よい戦いでした』


 歓声と拍手を浴びて、ようやく全ての魔術を解いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る