第70話 天才と武闘大会 五日目・ベストエイト1


 パンパンと乾いた音が鳴り響く。


 窓から空を見上げると、赤い煙が風に流されていた。

 大会が始まる合図だ。


 煙の色によって、どのランクの試合かが分かるようになっているらしい。

 赤は栄誉ある8人ベストエイトの戦いであると、さっき教えてもらった。


『初めましての方も、お久しぶりの方も、おはよぉございまっす! 口から先に出てきた男、おちゃらけ王子こと、セスタで~す! 今年も司会解説を行わせていただきますので、どうぞよろしく。そんでもって、ギルマスことルヴィリアルディリンクさんにも解説をしていただきまっす』

『よろしくお願いいたします』


 特別感を出すためか、それとも単に時間の都合だったのだろうか、試合には解説がつくようになったようだ。


『ギルマスは見た目通りエルフですからね~。その長い歴史の中で培われてきた知識を持って、今年も解説してくれちゃうみたいですよ。それでは初戦に行ってみましょう!』

『初戦は美少女お嬢様魔術師、クレア・ジーニアスさんと、異端の黒魔女、シルディアさんですね』

『はい。あ、ちなみに、クレアちゃんの二つ名は俺ことセスタが付けました!』


 控室で2人の会話を聞いていると衝撃の事実を告げられる。


 ――名付け親は貴様かっ!?


 昨日の帰り、フィーからさんざん「ひねりがない」や、「あたしならもっとカッコいい二つ名を付けれるのに」と言われ続けたのだ。

 私が考えたわけでもないのに、ずっと。その原因がそこにいる。


『仮名なので、使うのは今回だけとなりますが』

『ほんと、無名の方がこの大会の栄誉ある8人ベストエイトに選ばれるなんて、誰も予想していませんでしたからね~。急いでつけちゃったので、出来についてはご容赦くださいな。ではでは、お2人に入場してもらいましょう! クレアちゃんっ、シルディアさん、どうぞ!』


 観音開きの扉が開いた。促されるまま出る。

 歓声が上がった。今までも十分にすごかったが、それ以上だ。


 クレアコールも聞こえるが、対戦相手のシルディアを呼ぶ声も多くあった。


「あらぁ、うふふ。あなたとはぁ、できれば戦いたくなかったけどぉ。……お師匠様に怒られちゃうから、手加減せずに行くわねぇ?」


 対戦相手は、観覧室で出会った魔人の魔術師だった。

 今日も今日とて、露出は少ないのに色っぽい。


「シルディアさんって言うのね。私も本気で行くわ」


 お互いに握手を交わす。

 その際に鑑定も行ったが、エルフ様の魔人の説明にも合ったように、魔力だけでなく基礎値全てが高い。

 接近戦も注意が必要だ。距離をとりつつ、対策を練る。


『本戦中に不正を行った男を、シルディアさんと、もう一人、栄誉ある8人ベストエイトに残ったルカウィズルルディさんが捕らえ、クレアちゃんを助けたそうですねぇ。やはり、栄誉ある8人ベストエイトに残られる方々は、普段から違いますね』

『誇りなきものに、力も名誉も名声も得られるはずがありません。その不正を行ったものと、その仲間はこちらで厳正なる処罰を下しました。どうぞご安心ください』

『ギルマスの“厳正なる処罰”は本当に厳しいんで、くれぐれも皆さん、ギルマスに処罰されないようご注意くださいね~』

『誰に処罰されようが、不正はよくありませんね』

『そうでした。ではでは、お2人が位置に着いたようなので、始めさせていただきます。――栄誉ある8人ベストエイト戦、第一試合、始め!!』




「エンチャウント:速度上昇、魔攻耐性上昇、物攻耐性上昇」

「泥と化して消えなさい。泥化マッディ


 青白い光が体を包み込む。

 地面に足が沈み込んだ。慌てて走る。


『クレアちゃんは毎回最初に青白く光りますよね~。何の効果があるのでしょうか?』

『おそらく付加魔術ではないかと。この魔術はあまり見かけませんが、行うのと行わないのとでは移動速度が違います。今回は光の量が多いので、他の付加魔術も使ったと考えられますね』

『なるほど、ギルマスがあまり見かけないとおっしゃるのなら、相当珍しいのでしょうね~』


 泥に足を取られ、移動しにくい。

 さらに地面へ引きずり込むように泥の手が迫ってきた。

 避けるのは簡単だが、体力を持っていかれる。早々にどうにかしなければならない。


「泥はいいわよぉ? 美容にもいいし。浸かってみない? 泥雨マッド・レイン


 上からも泥が迫る。

 避けきれず、泥が肩に付いた。ダメージはないが、簡単には剥がれない。


「うふふ、良い場所ぉ。爆破ブラスト


 肩の泥が熱を帯び、爆破した。

 耳鳴りがひどい。


『おおっと! クレアちゃん、最初の一撃を食らってしまいました!! 首は人間の体でも弱い部分。クレアちゃんの細い首は、耐えられるのかぁ!?』

『ふむ。いえ、大丈夫なようですよ』


 耳鳴りはひどいが、痛くはない。

 これぐらいなら、何の問題もなさそうだ。


「痛くも痒くもないわね。泥の良さ、まだ私には分からないのだけれど?」

「……あらぁ、ほぉんと。硬いのねぇ」


 泥を避ける気はなくなった。汚れるのは嫌だが、それだけだ。

 足場の悪さを解決するため、すぐに反撃といこう。


暴れ狂う青き竜ランページ・ブルー・フレイム


 全てが炎で出来た青い竜が、地面すれすれを走り回る。

 これは私が持ちうる魔術の中でも非常に高い温度を発するものだ。


 泥が渇いて、地面にひび割れが出来る。さらに、意志を持つかのように自由に動き回っていた。

 これでしばらくは、足場の悪さに気を取られずに済む。


 シルディアが熱さにやられたのか、それとも自身の術を無効にされたからか、額に汗をにじませた。

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