第68話 天才と武闘大会 四日目・本戦2


 夕方。

 赤く染まった観覧室から会場を見下ろす。


 観客たちにいつもの熱気はなく、生唾を飲み込むような緊迫感があった。

 見たところ、少ないながらも観客席にいたはずの子どもたちも、姿が見えない。

 親か、近くの大人か、それとも自主的にか、次の試合だけは観覧させないようにしているらしい。フィーの姿も見えなかった。


「すごい警戒のされようね、アサシン」


 誰ともなくつぶやく。

 彼の初戦は観覧することが出来たが、その次の試合――昨日の試合は、自分の試合に勝ってすぐにこの会場を後にしたため、見なかった。そのときにここまで警戒される何かをしたのだろうか。


 下手しもてにある選手出入り口の扉が開いた。

 中から女性が出てくる。


 身の丈以上の杖を持っていた。魔術師だ。

 いつもなら、誰が出てこようとここで歓声が沸きたつが、今は静まり返っている。


 反対側の上手かみてを見た。

 だが、そこの扉は固く閉ざされたまま、開かない。タイミング的に考えて、そろそろ出てきていい頃合いなのだが。


 少しして、扉がゆっくりと開く。観音開きだというのに、片方だけ。

 その理由はすぐにわかった。


「……ああ、なるほど。係員が威圧で使い物にならなくなったのね」


 普通ならば係員が二人で開き、選手を誘導するのだが、アサシン自ら扉を開け出てきたのだ。そこから察することも出来よう。


 アサシンの姿が直視できるようになってから、より緊迫感が増した。

 対戦相手の女性など、緊張で顔がこわばっている。それでも震えなどが見て取れないのは、矜持ゆえか。


 二人は挨拶もせずに相当な距離を開け、見合っていた。

 二人の間が開けば開くほど、魔術師にとっては有利に、接近戦を主とするアサシンには不利となる。

 それでも彼らの距離がそれ以上、開くことも縮まることもなかった。


 緊迫の中、開始の合図が嫌に大きく響く。

 真っ先に動いたのは、魔術師だった。


 彼女は何事かをつぶやくと、その杖が光り輝く。そしてそれは、彼女を伴って、高く上昇した。


 静かだった会場内から、わずかに歓声が上がる。

 アサシンの威圧を凌駕するほどに、珍しく予想外だったのだろう。


 アサシンは高く舞い上がった魔術師を、ただ見上げた。

 夕日が眩しいのだろうか。その目は細められている。


 二階観客席ほどの高度にまで上昇すると、動きが止まった。

 魔術師の杖が、また光り輝く。


 空には、夕日に負けないほどに赤く燃える、火の玉が複数出現した。


 それらはほぼ同時に、アサシンに襲い掛かる。

 空中で弾けるもの、地面にぶつかり爆発するものと様々なその攻撃を、アサシンは縫うようにして避ける。

 しかし、彼の行動が見えたのはそこまでだった。爆風によって上がった土煙と、数多の火の玉によりすぐにその姿は見えなくなる。


 アサシンが相当な強者であることを知っているからか、彼の姿が見えなくとも攻撃は終わる気配を見せなかった。

 下手をすれば、死体も残らないほどに木端微塵となっていてもおかしくはない状況。

 それでもまだ足りぬとばかりに魔術師は、火の玉を作っては投下、を繰り返していた。


 その徹底ぶりは、親の仇をとるかのようである。


 そんな視界の悪い中、アサシンの行動を正確に捉えられる者はそういないだろう。

 人によってはすでに死んだと思っているかもしれない。

 だから、魔術師が彼の行動に対処できなかったのも、無理はなかった。


 黒煙の中、黒のマントを翻してアサシンが跳躍する。

 壁を駆け上り、足場としたのだ。


 もちろん、それだけでは距離が足りなかっただろうが、幸いにも空中では無数に爆発が起こっていた。

 その衝撃を利用したのだろう。

 黒を身に纏い、アサシンが魔術師に接近する。


 彼女は逃げ回ることもせず、彼に捕まる。

 そして首を掻っ切られた。


「……まあ、普通に考えて。動かずに止まっている敵なんて、落としやすい的よね」


 火の玉とはまた違った落下音が会場に響く。


 土煙が薄れ、現れたのはアサシンただ一人だった。またさらに時間が経ち、地面が見えるようになると――。


「勝者、アサシン!!」


 審判がすぐさま勝利宣言を行う。


 アサシンは自身の存在が妨げになることをよく理解していた。

 なので倒れ伏している魔術師から距離をとる。


 係員が彼女に近寄って回復薬を飲ませた。

 彼女の側には血による水たまりが出来ている。相当な出血だ。

 手足も通常とは違う方向に曲がってしまっている。


 アサシンはそれを冷静な顔で見ると、静かな会場を早々に出て行った。

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