第67話 天才と武闘大会 四日目・本戦1


 今回の対戦相手は、優しそうな男であった。


「はじめまして。僕はホーランです。見ての通り、魔術師ですよ。よろしくお願いしますね」

「ご丁寧にありがとう。私はクレア・ジーニアス。同じく魔術師よ。お手柔らかにお願いするわね」


 握手をする。そのときに違和感を感じた。


「どうかなさいましたか? いや、それにしてもクレアさんは人気ですね。声が鳴りやみません」


 いつも通りと言ってしまえばそれまでだが、クレアコールが鳴り響く。

 試合を重ねるごとに声が大きくなっていっている気がするのだが、気のせいだろうか。


「恐れ多いのだけれどね。応援はありがたいわ」

「彼らが応援したくなる気持ちも分かります。小さな体に反した、大胆な動き。強力な魔術。そして可憐さと優雅さを持ち合わせた、その美貌。僕も試合相手ではなければ、あなたを応援したい。それに、もし、万が一、僕があなたに怪我をさせてしまえば、きっと僕は彼らにボコボコにされてしまうでしょうね」

「ありがとう。けれど試合なのだから余計な心配は不要よ。遠慮なく打ち込んでほしいわ」

「ええ、ええ。もちろん、ここまで勝ち進んできた矜持がありますからね。全力で戦わせていただきますよ」


 ホーランと話していると、審判に位置に着くように言われた。

 手を離し、適当な場所に向かう。


「クレアさん!」


 振り返る。

 ホーランが人好きする笑顔で立っていた。意外と近い。

 彼はあの場から動かなかったのだろうか。


「あなたは強い。なので、――本当に全力で行かせてもらいます」


 開始の合図が鳴る。


 ホーランが間合いを一気に詰めた。

 手に杖はない。

 そもそも最初から、彼は杖を持っていなかった。


「エンチャウント:速度上昇」

「《連打》」


 風を切る音がする。

 避けた。


 間を置かず繰り出されるそれを、的確に見極める。


「あなたはっ、本当に規格外ですねっ!!」


 ホーランが憎々しげに言い放つ。

 彼は杖こそ持っていなかったが、きちんと武器を持ち込んでいたらしい。


「なるほど、あなた斥候せっこうね」


 迫りくるナイフを危なげなく避けて言った。


 正確な役職は分からないが、彼が魔術師ではないことと、優秀な斥候であることは間違いないだろう。

 距離を詰める速さといい、前衛特有の身のこなしを隠蔽する力や、気配を消すその能力もそれを証明している。


 分からなかった。気づけなかった。

 そして何よりも、先ほどと醸し出される雰囲気が違いすぎる。強者の威圧だ。


 もう油断しないと言っていて、完全に油断した。いや、これはホーランが意図的に油断させたのだ。


「やはり気づいていませんでしたか。なのに何故、初動を避けるんですかねっ。《瞬歩》《突刃降》」


 踏み出しが速くなる。

 たくさんの小さなナイフが放たれた。それらには毒が塗ってあるようである。


「僕は、あなたを倒して、栄誉ある8人ベストエイトに入るのですっ」


 けれどもまだ対処できる範囲内だ。

 もう、私は手加減しないと決めた。


「あら、たった8人ベストエイトでいいの」


 詠唱のいらない魔法で、ナイフを吹き飛ばす。

 何本かがホーランに傷をつけた。


「私は、優勝するわ。――降り注げ風の刃ウィング・アロー


 渦を巻く風の刃がホーランを襲う。

 しかしホーランも実力者だ。軽い追尾機能があるというのに、それらの大半を避けてしまった。


 だが、無意味であったという訳ではない。

 彼が苦し紛れに出したナイフは、風に煽られ軌道が安定せずに落下した。


 時間が稼げればそれでいいのだ。


範囲指定リィンジ・オブ


 通常の人には見えない区切りが出来た。そこへ杖を向ける。

 ホーランが避けるように横移動した。


「無駄よ。地に沈めロード・アップ


 ホーランが膝をつく。

 範囲内の重力を増やしたため、上から押しつぶされているような格好になっていた。

 相当辛いだろうに、それでも耐えているのは目標のためか。


「こんなっ隠し玉があったのなら、っ、早くおっしゃってください! 《突刃降》」


 最後の意地か、スキルと共にナイフを投げた。

 けれど、それは届かない。


地に沈めロード・アップ


 もう一度唱えると、彼は叩きつけられるように地に伏した。

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