第66話 天才と武闘大会 四日目・昼
結構な距離を歩いて来ていたらしい。
アサシンの足でも、町に着いたのは人々が活発に活動する、正午近くになってからだった。
「このまま近づくと騒動になるからネ。ここまでだヨ。試合までゆっくり休んでネ、クレア」
消えようとするアサシンの裾を掴む。
「アサシンは、その。大会に出るの……嫌、だった?」
「んー? そうだネ、嫌ではなかったけど……怖かったかナ。君はいつでもボクの斜め上を行くからネ。日々驚きだヨ。ありがとう、クレア」
頭を撫で、彼は風と共に去った。
――無理やり大会に出してしまったんだ。何としてでも結果を出さなければ。
頬を叩き、眠気を吹き飛ばす。
足を会場へと向けた。
「クレア!」
控室へ入ると、フィーが待っていた。イルマもいる。
「クレア、昨日帰って来なかったのは、怪我したから? 大丈夫、痛くない?」
「何だか眠そうだね、クレアちゃん。ちゃんと眠ったの?」
怪我を確かめるように触ってくるフィーと、体調を心配して椅子に座るように促すイルマ。癒される。
「飯は食ったのか、まだなら食え。食えるやつだけでいいから、食え」
オルザも負けじと世話をしてくれた。
文句を言いつつも、心配してくれているようだ。
「ありがとう。怪我は大丈夫よ。もう治っているわ、心配かけたわね、フィー。眠さも今のところ平気。イルマの顔を見られたからかしら。ご飯食べたら睡魔が襲うかもだけれど。オルザの作ったものなら全部いただくわ、美味しいもの。ありがとう」
純粋に心配してくれる人がいるというのは、嬉しいものだ。皆にお礼を言って食事にする。
美味しいご飯が、心に沁しみた。
お弁当を食べ終わると、フィーが言いにくそうに切り出す。
「あのね、クレア。やっぱりね、大会、出るのやめない? 怪我して、危険だよ……。エーゲルから聞いたけど、クレアは冒険者ランクを上げたくって出てるんだよね? あたしが言ったら、たぶん上げてもらえると思うし。だからっ」
「ありがとう、フィー」
彼女の頭をゆっくりと撫でる。
――言ったらランクを上げてもらえるかもって、どれだけ権力があるんだ。
この少女の肩書に戦々恐々としながらも、誤解がないように丁寧に話す。
「フィーの気遣いは嬉しいわ。けれどね、こういったことは自分で手に入れないと、いつかは
フィーが抱きしめてくる。
可愛くって、抱きしめ返した。
係りの人がそろそろ出るように言う。
彼女をそっと放した。
「行ってくるわ、フィー」
コクンと頷く彼女をもう一度抱きしめて、扉の前に立つ。
「フィー様に無様なところを晒すな。それと心配されるから、きちんと帰ってこい」
「クレアちゃん、いってらっしゃい。怪我しないように気をつけて。もししても、無理せず回復薬飲んでね! ぼくちん、観客席で見てるから!」
ふと気づく。
前の世界では私が強いことは当たり前で、不死身なんて呼ばれていた。
家族も傍に居らず、心を許していたメイドも過信により早々に失う。
新しく身の回りの世話をしてくれるようになった弟子のエフィーも、私が強いことを知っていたのでそういった心配はされたことがない。
生まれと能力への妬み、策略などによって命は狙われるし、それらを跳ね除けて勝って当然の扱い。
出会う人出会う人すべてが、私を知っていた。
その生活に不満を感じたことはないけれど。
こちらでは誰もが私を心配する。
だからか。皆を優しいと感じるのは。
「任せなさい、華麗に勝ってきてあげるわ!」
高らかに宣言をして。扉を潜り抜けた。
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