第65話 天才と武闘大会 三日目・夜


 その日、私は宿へは戻らなかった。


 荒野を黙々と歩く。




 ――誰も居ないところへ行きたかった。他人の存在を目にしたくない。




 どれだけ歩いても息は切れず、どれだけ日が落ちても寒さを感じないこの体を憎んだ。

 これでは罰になりはしない。


「クレア。あんまり行き過ぎると、試合までに帰ってこられなくなるヨ?」


 ――そうだ。


 どれだけ人込みを離れても、秘境に行っても、彼が傍にいるのだった。


「構わないで。一人にして」

「ふむ、一人にするのはいいけどネ。戻ってこられなくなるのは困るヨ」

「なぜ」

「なぜってネ……」


 アサシンが立ちふさがるように回り込んだ。


「クレア、何だかおかしいヨ? こんな夜中に出歩くのもそうだし、起きているのも変。お肌に良くないヨ?」

「そんなのっ、どうだっていいわ!」


 あまりにも見当違いな言葉に、苛立ちを抑えられない。

 けれど、彼に当たるのは筋違いであることも理解しているので、押しのけるように進む。


「どうでもいい……ネ。じゃあ、大会で優勝することも、どうでもいいことなのかナ?」


 声を出せば、怒声が溢れそうで口を噤つぐんだ。

 アサシンが私を止めるように、肩をつかむ。


「ボクは君が大会で優勝すれば、帰るのが早くなると言っていたから、君の影から出て表に出たんだヨ。それを、その決意を、たかが一人殺したぐらいで、なかったことにしないでほしいんだけどネ」

「――たかが? たかがって言ったかしら!?」


 アサシンの手を振り払って、睨んだ。

 けれど、そこには凪いだ瞳があるだけだ。


「言ったヨ。言ったとも。彼だってその覚悟を持って、挑んでいるだろうヨ。それに、君はきちんと生き返らせたよネ。何も問題ないんじゃないかナ」

「生き返らせたからって許されるものでもないわ! 事実が消えることもないのよ!! 罪は罪だわっ」


「そう。でもボクは多くの人を殺してきたヨ。それこそ、屍で山が出来るくらいにネ。そんなボクを、君は否定するノ? ボクは許されないかナ?」


「あ。違う。……違うわ。そうじゃないのよ」


 アサシンを傷つけたいわけではない。彼の人生を否定するつもりもない。


 けれど、適切な言葉が見つからなくて、ほぞを噛む。


 自分の汚点。隠したいこと。

 話すべきか悩んで、口を開閉した。


「うん、何が違うのかナ」


 促すような声に、耐え切れずポツリと漏らす。


「私も、昔は……たとえ殺してしまっても。生き返らせられるから、大丈夫だって思っていたわ」


 あの頃も、自分の力に酔っていた。

 まだ今よりもずっと若く、認められたい一心で禁断に手を出してしまう。


 ――蘇りの薬。


 死んだ直後の人ならばいざ知らず、その効果は数千年前の人でも可能である、そんな禁忌。


 それを作れて、手にできて、舞い上がった。

 これならば文句はないだろうと。認めてもらえるに違いないと。


 効果を検証するため、悪人を殺し、墓地を漁り、古代の遺物さえも利用した。それはとても罪深きことなのに。

 死んでも蘇るからと、それを使いまくった。


 生き返らせるために、殺した。


 そんな天狗になっていた私に、とうとう天上の方々が罰を下す。


「天罰を食らったわ。目を覚ませと、強烈な一撃を。でも、その対象は私ではなかった。……メイドよ。当時公爵家から一緒に出てきてくれた、一番に信を置けるメイドが、死んだ。私は愚かだったから、生き返らせればいいと安直に考えたわ。けど、薬を使えば使うほど、彼女の体は朽ちていき。……最後は砂となった」


 慕う彼女の遺体さえ、私は手元に残すことが出来なかったのだ。


「私が言いたかったのはね。人を殺してしまうのは、確かに悪いことだけど。それだけじゃなくて、生き返るから良いって。そういう考えはダメだってことよ。人の死をそれで片付けちゃ、ダメだってことなの。……あなたを、否定する気はないわ」


 もう私は、大切な人を失いたくない。

 調子に乗って裁きが下るのが、怖かった。


 懺悔を聞いても、彼は何も言わない。しばしの間、無音が続いた。


「日が、昇るネ」


 空が白みがかってきた。夜明けだ。


「君の足じゃ試合に間に合うか分からないからネ。ボクが連れて行ってあげるヨ」

「えっ。きゃあ!」


 アサシンが私を抱える。

 抵抗するように、胸板を叩いた。それでも彼に放す気配はない。


「ちょっ! ……冷たいわね」

「ボク、寒がりだからネ」


 首筋や顔をペタペタと触る。

 石のように冷たい。


 そうだ、忘れていたが彼は温度維持の称号は持っていなかった。

 効果のある装飾品もまだ作ってあげていない。極寒の夜の荒野はさぞ寒かっただろう。


「……ごめん」

「いいヨ。君が暖かいからネ」


 許すように、慰めるように、彼が背中を撫でた。

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