第63話 天才と武闘大会 三日目・本戦1


 大会は三日目となった。


 朝食時にエーゲルは居らず、オルザに聞いてみたところ、昨日の夜から帰っていないようだ。忙しいらしい。

 領主さまなら当然かもしれないが、むしろよく今までのんびりと出来ていたなと感心する。


 フィーとオルザにエーゲルについて質問したが、どこまで話していいのか分からないため、本人に聞いてほしいと断られてしまった。

 少しお預けを食らった気分である。


 出かけ際にフィーから、差し入れをするからそれまで何も食べるな、と言われた以外はいつも通り宿を出る。


 前の試合が終わり次第、自分の試合が始まるため結構時間的余裕はない。

 今の間に間食を買いだめして、控室へ向かった。


 太陽がもうそろそろ隠れてしまうという時。私の本戦二戦目が始まった。

 フィーはお昼に控室へ来てくれたが、イルマとはまだ会っていない。ちょっと残念だ。


 観音開きの扉をくぐると、クレアコールが巻き起こる。

 ――私も有名になったものだ。このままいけば、ギルドランク大幅上昇間違いなし。


 今回の対戦相手は、熊だった。比喩ではない。熊だ。


「おう、クレアだったな。おいらはベグ。よろしく頼むぜ」

「ええ、よろしく。ベグさん」


 差し出された手を握る。

 手は人間なのか。


 顔を確認するために、上を見上げる。


 上過ぎて首が痛い。

 そして試合を照らすライトの逆光で、よく見えなかった。


 開始の合図が鳴る前に、一定の距離を取る。


 真正面から見れば、ペグの顔も分かった。

 ある程度離れているにもかかわらず、顔を見るのに上を見上げなければならない。

 それほどまでに、彼は大きかった。


 副ギルよりもデカイ。距離感が狂いそうだ。

 だがその巨体の上にはおそらく、熊耳が付いているであろう。ぜひ見てみたかった。


 始まりの合図が響く。

 ペグが獲物を振った。鎌だ。


 ――私とは、少々相性が悪い。


 のしのしと地面を轟かせて走ってくるペグは、客観的に見ればお世辞にも早くはないのだろうが、目の前にいると威圧感が大きい。

 素早い速度で近づいてきているような気になる。


 慌てて詠唱を行った。


「エンチャウント:速度上昇。エフェクト展開フラワーズシャワー


 エフェクトの花は何となく、黄色の花を選んでみる。熊には黄色が似合う気がしたのだ。


 鎌の刃が迫った。

 やはり距離感が狂う。


 杖で防いだものの、それでも先端が肌に触れそうだ。だから鎌は嫌いなんだ。


 巨体から繰り出された一撃を杖で防いだというのに、彼に驚きはない。


 前回の私の戦闘を見ていたのだろうか。

 見た目通りの華奢きゃしゃな体ではないことをすでに知っているのだろう。


 鎌だけでなく、その体躯も彼の立派な武器だ。

 丸太のように太い足で蹴り上げられる。


 それを足場にして、ペグから距離を取った。


 空中で一回転。

 花々が軌跡を描く。


 着地までに詠唱を唱えた。


荒れ狂う水トーレント


 地面をも巻き込み、水がペグを襲う。

 起点は清流なのに、ペグへ届くころには濁流となっていた。


 視界も足場も悪いことだろう。一気に決めさせてもらう。


雷光ライトニング


 一瞬の閃光と共に、耳障りな音が鳴り響く。


 濁流が雷を纏った。

 水と雷の合わせ技は、どの世界でも最強である。


 これ以上続けたら死んでしまうだろうと、魔術を消した。――が、なんとペグはまだ立っていた。


 泥で汚れながらも鎌を地面に深く突き刺し、流れに耐えていたようである。


 なんとなしに近づく。


 足場は泥と水で汚い。

 ここで倒れたら盛大に汚れてしまうだろう。


 そんな仏心のような、見下したような、そんな気持ちで地面の水気を吹き飛ばす魔術を唱えようとした。


 ペグはあれだけの魔術に晒されたのである。

 ただ立っているだけであろうと楽観視していたのだ。


 ……最近、強くなって天狗になっていたらしい。私は油断した。まだ勝利判定をもらっていなかったというのに。


 ペグの眼が光った。

 大きな雄たけびも上げる。


 完全に油断していたため対処が遅れた。

 鎌と巨体が迫る。


 足場も悪く、さらに水の流れに耐え、体力も減っているはず。なのに、それらは迅速に行われた。


 振り下ろされた鎌を杖で止める。

 けれどその判断は間違いであったとすぐに気づいた。


 右肩に激痛が走る。刃が肩を貫いたのだ。杖を支える力が緩む。


 上から押し付けられ、ペグの全体重が乗っているかのような攻撃。傷口が嫌でも広がった。


 それはいくら強さに差があれど、耐えられるようなものではなかったらしい。


 泥に足が取られ、体勢が崩れる。刃が体から抜き取られた。


 ――花々が邪魔だ。彼の動きを正確に捉えられない。


 振り上げられた鎌。

 このままでは、強烈な一撃が入ってしまう。


 何度も言うように、魔術師というのは防御力なんてあってないもの。特に、戦闘用の装飾品を揃えられていない、現段階では脆すぎる。


 食らえば、ひとたまりもないのだ。


 自爆のような形にもなるし、何よりもペグの命を保証できない。

 しかし、背に腹は代えられなかった。


舞い散れブラスト


 周りを飛んでいた花々が、一斉に爆発した。

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