第62話 天才と武闘大会 二日目・本戦 閑話
絶対に敵わないものと出会った場合、己ならどのような行動をとるか想像できるだろうか?
戦う? 逃げる? 呆然とする? それとも泣いて慈悲を乞う?
そんなもの、実際に出会わなければわからないものであって。
きっとそれは想像とは異なった行動だろう。
得てして狂った人間というのは、突飛な行動をするものなのだ。
「おねがぁいっ! こう見えても、心は乙女なのっ。だから、顔だけは、顔だけは傷つけないでぇ!!」
本戦初日の最終戦。
つまり、アサシンが初めて会場で戦う試合であり、その日の最終戦ということで観客が特に盛り上がるはずの試合でもある。
威圧で対戦相手が恐慌状態に陥るか、または少しは奮闘するのか。
そのどちらかだろうと私は予想していた。
けれど、それは裏切られる。
……いや、ある意味では恐慌状態に陥っていると言えなくもないのか?
「ね、ね! ヤるなら、一思いにヤっちゃってちょうだいっ!! けど、顔だけはっ、顔だけはどうかお願い!! 見逃してぇ!」
アサシンに懇願している男は、精悍な顔立ちの盾職であった。
しっかりした体躯と装備、そして盾職ながら予選を突破してきたという事実は、彼の実力を裏付けていた。
――のだが。
アサシンの前で、体をくねくねとさせているその姿からは、残念ながら想像がつかない。
威圧によって緊迫した空気が流れていたものの、彼の予想外すぎる行動にそれは霧散した。
観客も今はただ、静かに見守るのみである。
アサシンが観覧室を見渡し始めた。
私と目が合う。
すると、彼は男を指さしてコテンと首を傾げた。
ああ、そうだ。彼はこっちの言葉が分からないのであった。
私は男の言っていることをジェスチャーで伝えようとして、悩む。
――これ、どうやって表せばいいんだ?
とりあえず、男の一番主張したいところは、顔を傷つけるなというところだろう。
なので、自分の顔を示し、そこにバッテンと描く。
次に体を示し、丸を描いた。
それを何度か繰り返す。――伝わるか?
アサシンは何とか読み取ろうと、眺め、悩んで、悩んで、悩みまくってから、結論が出たのだろう。
何故か、男の頭を叩はたいた。
男は「顔だけわぁ!」と喚く。
そして地面に膝をつくと、頭を抱えて顔を隠した。さらになぜか尻を突き出す。
その恰好のまま動かなくなった男に何を思ったのか、アサシンは尻を蹴飛ばした。
「きゃんっ」
文字だけ見ればとても可愛らしい声を上げて、男は震える。
どうしよう、これ。
どう考えてもフィーの教育に良くない。ついでに言えば、私も見たくない。
アサシンには早期討伐を命じたい。
その願いが通じたのか否か、アサシンは防具を傷つけないように腹を蹴り上げ、首筋に手刀を叩き込んで男を昏睡させた。
流れるような、一瞬の出来事である。
男はピクリとも動かない。
一定の時間が経ったのだろう。審判がアサシンの勝利を告げて、その奇妙な戦いは幕を閉じたのだった。
後でアサシンにこの試合のことを聞いたところ。
「結構怖かったヨ、あれ。こっち特有の呪術か、魔術かと警戒していたのに、何も起こらないし、かん高い声は何言っているのか分からないしネ。せめて行動から意図を理解しようとしても、腰を振っているだけで何がしたいのかわからないんだヨ。いや、実際にも何の意味もなかったみたいだけどネ。……君に通訳をお願いしても、やっぱり分からないしサ。もう、どうにでもなれって感じで攻撃したよネ」
――いや、まさか顔は攻撃しないでほしいだなんてネ。分かるわけないヨ。こっちの人の行動は面白いネ。
そう言って消えて行ったアサシンは、疲労感が見て取れた。
すごいよ、あの男の人。
たいていの人が泣きわめき、跪ひざまずいて慈悲を乞うような、威圧だけなら魔王級のアサシンをあそこまで疲れさせるなんて。
並大抵の人では無理だ。
私は静かに、少しだけ、彼をリスペクトした。
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