第61話 天才と武闘大会 二日目・お説教


 次に向かう先は、観覧室だ。

 他の参加者の戦いを見学させてもらうためではない。


 勢いよく扉を開ける。

 蝶番ちょうつがいがはじけ飛んだが、しょうがない。寿命だったのだろう。


 視線のすべてがこちらに向く。

 部屋の外は大盛り上がりなのに、ここだけ身じろぎの音一つ立たないほど静寂だ。


 一人一人、魔力を確認していく。だが、なかなか目当ての人物が見当たらなかった。


「クレアぁ。もしかしてぇ、お探しの人物は彼かしらぁ?」


 魔人の魔術師が、人垣の中から男を押し出す。

 魔力が一致した。


「あら、ありがとう。そう彼よ。運命の縄アナボイドボー・バインド


 赤い紐がその男を捕らえる。

 バランスを崩して、彼は地面へと叩きつけられた。


 けれど、どうでもいい。彼に向けてあげる優しさなど、持ち合わせていないのだ。


「お、おいおい! 嬢ちゃん、どうしたんだ急に!! エルフの兄ちゃんも、魔術師の姉ちゃんも、いきなりそいつに杖突きつけるしよぉ。何が起こってやがる」

「こいつも、さっきのやつも、誇りを失った愚か者。それだけよ」


 引きずって歩く。

 下から喚き声が聞こえたが、耳を貸してやる義理もない。


 会場を歩き回る。係員、もしくはギルドマスターがいれば引き渡したいのだが、それらしきものは見当たらないし、聞いてみようにも皆遠巻きに見てくるだけだ。

 下からの声は、階段を昇り降りした時ぐらいから、泣き声へと変わった。根性なしめ。


 これは外に出るしかないか、と考えていたところでようやく引き渡せそうな相手と出会った。


「おい。状況は見ていたし、なんとなく想像はつくが、やりすぎだ。……そいつを貸せ。そんでもって、事情聴取をする。一緒に来い」


 副ギルが、至極めんどくさそうに頭をかいた。

 断る理由もないため大人しく男を渡す。


 彼は優しさに溢れており、男を引きずらず肩に担いだ。だが、それがいけない。

 副ギルの後ろを付いて行くと、ちょうどその男の顔が目の前にあるのだ。


「ねえ。申し訳ないけれどソレの頭の位置を変えるかしてくれないかしら? そうでないと、殺してしまいそうだわ」


 慌てて男を小脇に抱え直す、副ギル。

 男の尻が私に向いたが、まあ顔ではない分まだ許せる。


「ここだ。入れ」


 副ギルに促され、部屋に入った。中にはギルドマスターがいる。


「どうぞ、お座りになってください」


 席を勧められ、向かいの椅子に腰かける。

 またエルフ様手ずから、お茶を入れてくれた。


「その男と、グデルデという者はそれ相応の処罰を行います。ですので、留飲を下げてはくださいませんか?」

「その気・じゃあ、俺でさえも身震いが止まらないぜ」


 男を床に投げ捨てて、副ギルが腕をさする。


「ああ、忘れていたわ。ごめんなさいね」


 威圧を出しっぱなしだったらしい。

 通りで、見る人すべてが怯えていたのか。威圧を切ると、目に見えて安堵していた。


「あのアサシンさんの同行者であることを鑑みても、あなたの実力は明白でしたが。これほどまでとは……。いえ、それよりも今後のことです。そこの男とグデルデの非は明らかですが、あなたは少々やり過ぎた。焚きつけておいて言うのも恐縮ですが、何らかの罰が下ってしまうと思います。申し訳ございません」


 ギルドマスターが頭を下げた。副ギルも倣ならって下げる。


「私が我慢強い方ではないことは、自分でも知っているわ。ついついやり過ぎてしまうこともね。……それがここのルールだというのなら、受け入れるだけよ。それで? どういった罰なのかしら?」

「現段階では何とも申し上げられません。おそらく決まるのは、大会が終わってからでしょう」

「そうなのね。……では、大会には引き続き出てもいいのかしら?」

「はい、構いません。むしろ出ていただかなければ、観客が黙っていないでしょう」


 ギルドマスターが困った顔をした。

 無表情以外の顔も出来るのか。ちょっと新鮮だ。


「とりあえず今は、グデルデと出会った経緯。試合中の状況とその後、俺と会うまでのいきさつを教えてくれ。それをまとめたら、戻っていいぞ」


 副ギルがギルドマスターの横へ、ドカリと座った。

 こうして並ぶと、美女と野獣のようだ。しかも、書類をかき取るのは、机仕事の得意そうなギルドマスターではなく、副ギルらしい。意外だ。


 だが、それを口に出すと怒られそうなので。余計なことは言わない。

 悟られないように、淡々とこれまでのことを振り返りながら、話した。




「――なるほどな、最初はグデルデの勘違いから始まって、妙な対抗心を向けられたと。少々やり返しはしたが、怪我を負わせるほどでもなく、今日に至る、か。そもそも、グデルデはアサシンに会ったことがあるのか?」

「ないわ。別の人をアサシンだと勘違いしていたみたいだけど」


「そこも勘違いか。んで、試合が始まり、終盤になって状態異常の魔術をかけられたと。グデルデに心得はなさそうであるし、そういった類の装飾品もない。だが、観覧室には同一の魔力を持った魔術師が居り、グデルデを手早く片付けて、そいつを捕獲しに行った。観覧室ではエルフと魔人の魔術師が男を押さえてくれており、コレを捕獲。引き渡せる者を探して徘徊。俺と会う、っと。……これはそのエルフと魔人にも会わなきゃいけないな。まあ、よし。大体わかった。また聞くこともあるかもしれないが、これで終わりだ」


 紙の束を机に当て、整えながら副ギルが言う。

 ギルドマスターはただの一度も、書類に手をつけなかった。


 優雅にお茶を飲む姿は、とても美しかったです。

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