第60話 天才と武闘大会 二日目・本戦初戦2


 振り下される剣に合わせて、杖を押し出す。

 グデルデは大きくのけ反った。


「まず一つ。むやみやたらに喧嘩を売らない。力を誇示しない。脅さない。そんなの、弱者のすることよ」


 眼前に杖を叩き込む。

 もちろん当てたりしない。寸止めだ。


 グデルデが小さく悲鳴を上げた。


「二つ目。相手の力量を見定められるようになりなさい。あなたの喧嘩を吹っかける相手、見たところ全てあなたの手に負えなさそうな者ばかりよ。力の差ぐらい、感じ取りなさいな」

「うるさい、うるさい、うるさぁい!!」


 型も何もなく、めちゃくちゃに剣を振り回すグデルデ。

 それを一つ一つ、丁寧に受け流していった。


「三つ目。あなた素質はありそうなのに、その傲慢さゆえかしら。全然わ。隙が多すぎる。誇張でもなんでもなく、これが決闘だったらあなた、両手でも足りないぐらいに死んでいたわよ」


 とどめに軽く足を払った。

 受け身も取れずに、グデルデはしりもちをつく。

 そこへ杖の先を向けた。


「現実を知りなさい。あなたは弱い。周りの慈悲で生き残っているのよ」


「黙れ! ……もういい、やっちまえ!!」


 真っ赤になって怒鳴るグデルデに、首をかしげる。


 ――やっちまえ? 一思いに倒してくれという意味だろうか?


 だが、私が思っていた以上に、こいつは汚い人間だったらしい。


 背中を何かが走った。

 私はそれが何かを知っている。


 ――これは、状態異常をはじいた時のもの。


 グデルデは純粋な剣士である。魔術など使えそうにない。

 そして、身につけている装飾品も腕力や防御力を上げるもので、魔術系のものはなかった。そうなると。


 後ろを振り返る。

 観覧室にいる者の中に、杖を構えている者がいた。


「死ねぇ!! 《火炎斬》!!!」


 一直線に振り下ろされたそれを、私は――砕いた。




「あら、そう。そういうこと。ああ、なるほどね」


 グデルデは柄だけとなったそれを持って、呆然としている。


「私が愚かだったわ。言葉で言えば理解してもらえると勘違いしてしまうだなんて。そうよね、そうよ。知能なき者には、肉体言語しか通用しないのにね?」


 グデルデはもう一度しりもちをついた。

 全身が震えている。


 まるで魔王に出会った、平民のようだ。


 ――威圧は調するときに便利で、とても助かるわ。


「ギルドマスターがおっしゃっていたの。多少のなら治るのですって。よかったわね? 職を失わなくてもいいみたいよ? まあ、もしあなたが脆くってでは済まなくっても、私が治してあげるから、心配しないでね?」


 杖を掲げる。

 魔術師でなくとも、この魔力の放流は感じ取れるであろう。


 這いずり回るように、私から距離を取るグデルデ。

 彼は観客席の後方からでも見えるほどに、大きく震えていた。


 それでも気絶することは、威圧の効果で許されていない。


「さあ、謹んで受け取りなさい。これが誇りを捨てた、その代償よ。――神の怒りとシチレーション・オブ・裁きの光をデヴァイン・ジャッジメント!!」


 空が眩い閃光を放つ。


 その光は、グデルデを直撃した。

 一拍おいて、轟音が鳴り響く。


 雷ではない。これはそんな生易しいものではないのだ。


 グデルデを中心に、地面には大穴が開いた。

 穴の中では、グデルデの手足が散らばっている。


 それでもなお、彼が死亡していないのはこの魔術の特性ゆえ。


「あら、まだ私の勝ちではないのかしら? もっと傷つけなければ、ダメ?」


 呆けている審判に向かって微笑む。

 彼が勝利宣言を行ってくれなければ、私はグデルデに回復薬をかけてやることもできない。


「っ、あ、ああ。……勝者、クレア・ジーニアス!!」


 勝利宣言と歓声を聞き流し、穴の中へと降りる。

 その際に、手足は回収しておいた。


「意識はあるかしら? なくてもいいけれど。これに懲りたら、人道的な行いを心がけるのね」


 回収したそれらをグデルデに返してやり、素材袋から上級回復薬を振りかける。

 それだけで手足も戻り、血色も良くなった。


 あとは穴も埋めなければならない。グデルデの首根っこを掴み、私は壁を駆け上がった。


 穴から出ると、杖を掲げる。


溢れ出でよ土オーバーフロー・アト・ソイル


 みるみるうちに、底から土が盛り上がる。それらは穴を埋め尽くした。


停止テルミネーション


 杖を振ると、土の流れが止まる。

 山になっているところもあれば、土の足りないところもある。


 均ならさなければならないだろう。


整地レベル


 詠唱を唱える。地面が均等になった。

 歩いてみるが、変わりないように思う。


 それを確認すると、私は退場用の通路へと向かった。

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