第58話 天才と武闘大会 二日目・本戦開会2


「おうおう、なんだ。ビビッて声も出せねえってか!? 声が出なけりゃ、お前の得意な呪いも使えねえよなぁ? この前は不意打ちで食らっちまったが。オレは優しいから、お前の悪戯ごとき、大目に見てやるよ。くっくっく、それにしてもお前も不運だなぁ。ここまで勝ち進めたっていうのによぉ! だが、安心しろ。お前が負けた暁には、オレが養ってやるからよ」


 グデルデであろうと思われる彼が、傍まで来た。

 見下ろすようにふんぞり返っている彼は、とても滑稽だ。


 ――ああ、温度差が激しい。


 観客たちは思わぬイベントに大盛り上がりだが、私の周り、特に特設ステージにいらっしゃるエルフ様から放たれる冷気がやばい。


 チラリとうかがい見る。


 エルフ様なギルドマスターは表情こそいつも通りの無表情だが、雰囲気が確実に怒っていらっしゃる。


 それもそのはず。

 わざわざ読み上げる前に“自分の名前が呼ばれても最後まで静かにしていろ”と前置きしてあったのに、それを破られたのだ。


「ん? お前、男が居ねえじゃねえか。何だ、予選も勝ち進めなかったのかよ。弱っちい奴だなぁ」


 この男はそんなエルフ様の様子にも気づけない。


 私にはその鈍感さが羨ましい。

 どうするべきかと悩んでいると、側にいたギルドマスターではない方のエルフ様が、仲裁に入ってくれた。


「おい、ギルドマスターがまだ読んでいる。そういったことは後でやれ」

「ふん、お高くとまりやがって。まあいいさ。オレが優勝したら、手前も可愛がってやるよ。そのお綺麗な顔なら、汚しがいもあるってもんだ」


 ――あ、まずい。この人、短気な方だ。


 エルフ様が獲物に手をかけるのを、必死になって押さえた。どう考えても、ここで武器を手に取るのはまずい。


 私がエルフ様の手を押さえているのを、グデルデはすがり付いたのだと勘違いしたようだ。

 愉快そうに笑う。


「くっはっははは! せいぜい、頑張るんだな!!」


 それで満足したのだろう。

 グデルデはにやけ顔をさらしながら、踵を返す。元居た位置に戻るつもりらしい。


 静かになったところで、ギルドマスターは読み上げを再開させる。――前より幾分、低くなった声で。


『――以上です。甚振りなどの誇りなき行為は禁止されておりますが、少々のであればこちらで治せます。思う存分……ヤれ』


 冷ややかな目は、私を貫いていた。

 最後のお言葉は、おそらく私へのメッセージであろう。


 あの男を、遠慮なしに倒せと。


「クレア・ジーニアスだったか? 最悪死んだとしても、こちらでもみ消そう。だから、ヤれ」


 側にいたエルフ様も私の肩をつかんで、すごむ。二人のエルフ様にお願いされて、私に拒否権などない。


「拝命、いたしました」


 もとより勝つつもりでもあったし、盛大に負かすつもりでもあった。だが、プレッシャーが段違いだ。

 怖いわけでもないのに、思わず身震いをした。



 その後、何事もなく順調に試合は進んだ。

 エルフ様な彼も、魔人の魔術師の女性も、背に大剣を背負っている男も、とても強かったらしい。危なげなく勝ち進んでいた。


 ちなみに、アサシンの出番は今日の最終戦である。トーナメント初戦の最終戦ではないのは、一晩置くことで、観客の恐怖心を軽減させる意味合いがありそうだ。


 観覧室にはグデルデが居たため、会場を歩き回る。

 その際に救護室も覗いたが、怪我についても何も心配いらないことが分かった。治癒魔術師だろうか。彼らは欠損した部位であっても、魔術でていた。

 これなら後のことを考えずとも、力いっぱい戦えるというものだ。


 そろそろ十戦目に入るというところで、控室に向かう。

 対戦相手とは別の部屋らしいので、また難癖をつけられる心配もない。


 控室の椅子に座って一息ついていると、扉が開いた。


「お! クレアちゃん、いたいた。はい、差し入れだよ~。手軽にパクッと食べれそうなの持ってきたんだ」

「あら、イルマ! わざわざありがとう。嬉しいわ!」

「えへへ、良かった! これね、美味しいよ。食べ歩いたときに見つけてね? ぜひクレアちゃんにもって思ったんだ~」


 はにかむイルマはまさに天使。控室が一気に華やいだ。


「んー! 美味しいわ!! 他の人の戦いを見ていたせいで、夕食を忘れていたのよ。とても助かったわ」

「ええ!? それは大変だね! ぼくちん、いくつか軽食持っているよ。食べて食べて!」


 イルマが大慌てでいくつか小さなお弁当を取り出した。好きなものを選んでいいらしい。

 お言葉に甘えて悩んでいると、控室の扉がまた開いた。


「クレア! よかった。差し入れをね、持ってきて……」


 揺れるうさ耳カチューシャ。

 フィーだ。後ろにはオルザもいる。


 そのフィーがイルマを見つけると、桃色の頬を大きく膨らませた。


「誰、それ」

「ぼくちん? ぼくちんはクレアちゃんのお友達の、イルマだよ。よろしくね」

「……むー! クレアはあたしの友達だもんっ」


 オルザから何かをひったくると、彼女は私の目の前にそれを置いた。


「クレア、これ食べて」


 ドンと差し出されたそれは、お弁当箱らしい。

 ぐいぐいっと顔を近づけて、フィーはもう一度「食べて」と強制する。


 可愛らしい独占欲に、私とイルマは揃って苦笑をした。

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