第55話 天才と武闘大会 二日目・朝


「来てなかったぁ!?」


 朝。

 食卓を囲みながら、私はフィーに詰め寄った。


「ううぅ、ごめん、クレア……。あたし、寝ちゃってたみたいで」


 華々しく勝利を飾った最終戦。

 フィーのために優雅にキレイに美しく決めたというのに。肝心の彼女が見ていなかったとは、何事か。


「はっはっは、そう怒らないでやってくれ、クレアお嬢さん。フィー様は久しぶりに多くの人と関われて、嬉しかったのだよ。……私だけで申し訳ないが、きちんと見させていただいたよ。とても美しく、素晴らしかった」


 エーゲルがなだめるように、私に言う。


 ――エーゲルだけしか見ていなかったということは。


 チラリとオルザを見た。


「人を魚のように釣り上げる者が、美しい戦いなぞ出来るものでしょうか?」


 別に見なくても良い、初戦の方はバッチリと見られていたらしい。


「で、でもっ、お空を飛べてすごいなって思ったよ!! 美しい……って感じた、と思う!」


 必死になってフォローしてくれようとする、フィー。

 でも、待ってほしい。あれを美しいと感じてはダメだ。人格を疑われてしまう。


 案の定、オルザに睨まれた。

 ごめんって、次からはフィーの教育に悪そうなことはしないから。


「見てみたらわかるよ。あれは本当に美しく、圧倒的な戦いであった。……今日のお昼にはトーナメントを組めるほどに人数が減るらしい。昨日のように簡単にとはいかないだろうが、頑張りなさい。応援しているよ」

「頑張って、クレア! 次はちゃんと、見てるから!!」

「怪我しない程度に頑張れ。貴様が傷つくと、フィー様が心配する」


 三者三様の応援を受け、宿を後にする。

 ……ちなみに、朝食はここ数日で私の好物となったものばかりであったことを、追記しておこう。


 オルザの料理はやはり美味しかった。



 会場に着くと貼り紙の前へ行く。人は少なかった。

 会場はすでに盛り上がっているため、大体の者がすでに見終わった後らしい。

 自分の番号を探したが、ないようだった。おそらく、次の組み合わせまで出番はないのだろう。


「あ、いたいた。ここに来れば、会えると思ってたよ」


 美しく、可愛らしい声がする。


 貼り紙に影が出来た。

 見上げると、鳥の獣人である、あの子がいた。


「クレア・ジーニアスちゃんだっけ? 君強いね! まさか空を駆け上ってくるとは思わなかったよ」

「あら。当然よ、私は優勝するんだもの」


 隣に降り立った子に、そう言い切る。

 すると鳥の獣人は豪快に笑った。


 可愛らしい声と見た目には似合わないが、それでも好ましく感じるのはこの子の人徳だろう。


「そっかぁ、じゃあぼくちんが負けちゃうのも仕方がないね! ぼくちんはイルマ! 見ての通り、鳥の獣人だよ」


 イルマは羽を広げ、一礼した。


「ご丁寧にどうも。私はクレア・ジーニアス。人間よ」


 スカートの裾を持って、淑女の礼をする。

 久しぶりすぎて少し不格好だが、公式の場でもないし見逃してほしい。


「私の前に現れたってことは、性別について教えてくれるってことでいいのかしら?」

「うん、別に隠しているわけでもないしねぇ。というか、結構有名な話なんだけど、クレアちゃんは知らないんだね」


 イルマは羽を折りたたみ、小首をかしげた。うん、可愛い。


「あら、ごめんなさい。私、そういった一般常識というものに疎くって……」

「そうなんだ。……んー、簡単に言うとぼくちんたちには、性別という概念がないんだよ。人間みたいに子どもを作る必要もない。ちょっと特殊な生まれをする種族なんだ。だから、ぼくちんらはみんな一緒」


 私の手を取り、イルマが自分の胸に手を当てさせた。


 ――ふくらみは、ない。


 何の恥じらいもなく、下も触る? と聞いてくるイルマに、首を激しく振る。

 そこまでして確認したくはなかった。


「そう? んじゃあ、疑問は解けたかな? ぼくちんのことは、男でも女でも、好きに決めていいし、呼んでいいよ」

「性別を決めるというのも、おかしな話ね。どちらでもないのがイルマなのだから、イルマと呼ばせてもらうわ」

「そか。んふふー。……クレアちゃん、これからもよろしくね!」

「ええ、よろしく。イルマ」


 差し出された手を握る。こっちの世界に来て、二人目の友達だ。やっぱり嬉しい。


 ――とりあえず。


「羽、また触ってもいいかしら?」


 イルマはもちろんだ、と快諾してくれた。

 もふもふ。

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