第56話 天才と武闘大会 二日目・昼


 イルマはすでに観客席を確保しているらしい。

 そこから応援しているよと、激励をもらう。


 頑張らねば。


 昼食と小腹を満たすための軽食を買い、勝ち進めた者だけが入れる閲覧室へ入った。

 中にはそこそこの人がいる。今後、この中の者たちと戦うことになるのだろう。


「お、ちみっこじゃねえか。ほら、こっち来いよ。空いてるぞ」


 知った声がして、探す。

 前回この部屋に来た時に会った、大剣を背負っている男がいた。

 側にはエルフ様な彼もいる。最後に交わした言葉を思い出すと、少々居たたまれない。


「……子どもが遠慮せずに来い」


 エルフ様がぶっきらぼうに言った。


 子どもではないと反論しかけて、そういえばエルフとはとんでもなく長命だったと思いだす。

 彼からすれば、人間なんて全て子どもに等しいのかもしれない。


「えーっと、それじゃあお邪魔するわね」

「おう、来い来い。ほら、見てみろよ。ちょうど、あの女魔術師と堅苦しい剣士が戦っているぞ」


 二人の間に入れてもらい、窓を覗き込む。確かにそこには、ここで会った二人がいた。


 フィールドに立っている者は、その二人しかいない。他は全て、地に伏していた。

 その二人も睨み合ったまま、動かない。


「二人とも他の者たちを倒すのに、相当な魔力と体力を使っていた。そのため、今はお互いに休憩しているのだろう」

「だな。けど、体力はこれである程度回復するにしても、魔力は回復薬を飲まないと回復しないだろう。これはちと、魔術師が不利だな」

「ああ、総攻撃も食らっていたからな。どこかで魔力を回復しなければ、剣士が勝つだろう」


 これまでの流れを教えてもらいながら、戦況を見守る。

 息が整ったのだろうか。剣士の男が動き出した。


 さすがは獣人だ。速度も速い。

 軽やかに、ジグザグに進むのは、魔術師の狙いをつけにくくするためであろう。


 魔術師の彼女も動く。杖を振り、魔術を繰り出した。


 剣士の進行方向の地面が、みるみるうちに黒く染まる。

 上から見下ろしているから通常の地面との違いがよくわかるが、その場に居たらよく見えなかっただろう。


 回避できずに彼が足を踏み入れると、沈み込んだ。

 底なし沼のようだ。


 この隙に、彼女は回復薬を飲む。


 確かに、足止めにはいいかもしれない。


 しかし、剣士も熟練者のようで、すぐに脱出した。

 そしてあろうことか、もう一度沼を踏んで行く。


 また足を取られる、と誰しもが思った。


 だが、そうはならない。

 あの短い間で対策を施したのだろう。彼は沼の上を、軽やかに走り抜けた。


「ほう、すごいな。何という魔術だろうか」

「魔術っつーより、スキルっぽいけどな」



 迂回する必要もなくなり、二人の距離は瞬く間に縮まった。

 剣士が細長い剣を走らせる。


 なるほど、刃が細いため、それは一般のもの比べ速度が早い。


 だが、魔術師も負けていない。

 足止めに使った泥が、人の腕のような形となった。


 それが尋常ではないスピードで剣士に襲い掛かる。


 それに気づいたのだろう。彼は一度チラリと確認して、それでもなお魔術師に斬りかかった。

 泥を対処するよりも、術者を倒そうと考えたらしい。


 一閃。


 泥が彼に到達するよりも先に、それは決まった。


 魔術師の体に剣が通る。もちろん、魔術師も自身に防御の魔法はかけていた。

 けれど、それをも上回る威力で攻撃は入る。


 後衛職のほとんどは防御が紙だ。防御力などあってないに等しい。


 彼の一撃によって、魔術師は無残にも切り裂かれ、血も盛大に吹き出し、力なく倒れ――たりはしなかった。


 傾いた魔術師の体。

 その切り口からドロリと体が崩れる。次第にボトリ、ボトリと頭、腕、上半身と落ちた。落ちたそれらもドロリと崩れる。

 人の形ではなくなったソレは、ただの泥で。


 剣士はその衝撃的な光景に、一瞬固まる。


 ――それが敗因だろう。


 迫りくる泥の腕に、彼は飲み込まれた。それと同時に泥の中から、人が出てくる。

 泥の中にいたとは思えないほどにキレイなその人は、魔術師だった。


 観客が沸く。私も思わず拍手をした。


 魔術師が杖を振ると、泥の山から剣士が出てくる。


 彼は倒れたまま動かない。


 そこで勝者が決定した。魔術師だ。

 手に汗握るその戦いに、私は感嘆の息を吐いた。

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