第47話 天才と武闘大会 初日1
空が白い。
まだ太陽が昇りきっていないうちから、私は町を歩いていた。
この辺りの気候は温暖だとはいえ、朝はとても冷える。
称号の効果で熱さ、寒さは感じないが、吐く息が冷たさを表した。
「さすがにこの時間だと、人はいないネ」
横を向くと、アサシンが吐いた息で手を温めていた。
――温度調節の装飾品も作ってあげないといけないな。
「そうね。まあ、だからこの時間に歩いているのだけれど」
私たちは今、武闘大会の会場へと向かっていた。
下見と、アサシンに渡すものがあったからだ。
「袋、邪魔じゃないかしら? 長さとか大きさとか。今なら変えられるわよ?」
「ああ、問題ないヨ」
出来立てほやほやの素材袋を、アサシンに渡したばかりだ。
もちろん、私の分も腰に括り付けている。中には体力、魔力それぞれの回復薬が入っていた。
「ルールはさっき話した通り。今日は一度に大人数と戦う、乱戦ね。あなたなら大丈夫だと思うけれど、無理はしないでね」
「もちろんだヨ。命は大事だからネ」
ゆっくり、のんびりと歩く。
冷たい空気がすがすがしくって、気持ちいい。
「着いたわね」
「ここか会場みたいだネ」
位置としては、ちょうど露店市が開かれていたところだ。大きな広場だと思っていたが。
「……まさか、露店市の下にこの会場が眠っていただなんて。想像もしていなかったわ」
傍まで来てみれば。石造りの外壁が天高くそびえたっている。
首が痛くなりそうだ。いったいどのようにして引っ張り出したのだろうか。
「んーと、こう、ゴゴゴゴゴって感じで地面が割れてネ? そこからズッドーンと出てきたヨ」
「え!? アサシン、出てくるところ見たの!?」
「うん、開幕祭って銘打たれて、大々的にやってたヨ。昨日」
「見たかったわ!!」
もっと早くルールや持ち込めるものを聞いておけばよかった。そうすれば、見れた。
ううん、そんな面白祭りを知っていれば、たとえ準備が終わっていなくても見に行ったのに。天才の私なら、きっと間に合う、いや、間に合わせたのに!
私が本気でしょげていると、頭を撫でられる。
「じゃあ、この会場を戻すところは一緒に見に来ようヨ。ネ?」
「……ええ、そうね。優勝して、晴れやかな気持ちで見てやるわ」
「その意気だヨ。――おっと、人が来たみたいだネ。ボクは一旦隠れるヨ。また後でネ、クレア」
小さく手を振って見送る。しばらく後、アサシンの言った通りに人が来た。
「おう、嬢ちゃん。朝早いな。眠れなかったのかい?」
「おはよう、おじさん。ゆっくりと会場を見ておきたかったのよ」
男は冒険者のようだった。ガタイも武器も鍛え抜かれている。
――この人強いな。
「おいおい、おじさんはやめてくれ。そこまで歳じゃないんだぞ? 俺はガーウィン。よろしくな、嬢ちゃん」
「そうなの、それは悪かったわ。私はクレア。よろしく」
ガーウィンは私の傍に来ると、キョロキョロと辺りを見渡した。
「なあクレア。さっきここらで面白い気が出てたんだが、知らないか?」
おそらくアサシンのことだろう。
彼の威圧を感じてさえ、自然体でいられるなんて。本当に強者だ。
「ああ。……大会が始まったら、嫌でもわかるわよ」
「ほう。……そうれは楽しみだ」
二人して、ニヤリと笑い合う。
――この人と対戦できたら、きっととても興奮するだろう。
戦闘狂でもない私でさえこう感じるのだ。日々、戦いの中に身を投じている冒険者たる彼が、そう思わないわけがなかった。
「クレア、お前と戦ってみたいよ」
「私、負ける気がないの。ガーウィンさんが勝ち進んでくれば、そのうち当たるわよ」
「言うなあお前」
見かけ通り、彼は豪快に笑う。
「私は人が少ないうちからここに来たかったからだけど、あなたは何でこんなに早く来ているの?」
「おう、ギルマスに早く来いって頼まれたんだよ。……ったく、呼んでおいて俺より遅いとか」
「何をおっしゃっているのですか。私ならすでに着いております」
会場の扉が内側から開く。
中には美貌の麗人がいた。エルフ様だ。
「なんだギルマス。いたのか。いつものごとく、気配がないよな」
ガーウィンが当然のごとく中へと入っていく。
私はどうするべきか悩んだが。
「あなたもどうぞこちらへ。……アサシンさんのことで、お願いしたいこともありますので」
美人さんのお誘いを断ることなどできない。素直に後を付いて行った。
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