第48話 天才と武闘大会 初日2


 扉をくぐると、石造りの通路だった。しかも、それなりの広さがある。


「クレアさん、こちらです。――きちんと付いて来てくださいね」


 暗にフラフラするなと、くぎを刺されてしまった。逆らうと怖そうなので、大人しく付いて行く。


「お、クレアも来たのか」

「話すことがありましたので。……こちらの部屋です」


 案内された部屋へと入る。中はほどよく暖かかった。


「先に、ガーウィンの方から話をしましょう。あなたは今日、出る必要がないでしょう。なので警邏に当たってもらいます」

「おう、去年通りだな」

「はい、これがあなたの巡回ルートです。叩き込みなさい」

「へいへいっと」


 ガーウィンは手渡された紙を、一生懸命に見つめる。


「次にクレアさんですが、アサシンさんも今日の出場は遠慮してもらいたいのです」

ってことは明日から出てほしいってことかしら?」

「正確には、トーナメントになるまでずっと、ですね。ガーウィンと同じく、シード権選手ということです。……未来の英雄たりえる冒険者の卵を、つぶしたくないのですよ」

「なるほどね」


 弱いうちから威圧バンバンのアサシンと対峙すれば、トラウマ待ったなしだろう。最悪、冒険者をやめてしまうかもしれない。

 ギルドマスターはそれを考えてのことのようだった。


「伝えてみるわ。……アサシン、いるかしら? 今、話にあったのだけれど、あなたはシード権選手という枠組みに入るそうよ。つまり、乱戦は公認でパス。トーナメントからの出場ね」


 伝え終わると、どこからともなくふわりと花が落ちてくる。

 それを手で包んで回収した。


「あ、了解だそうよ」

「……そうですか。助かりました」

「お、また面白いがした! ここかっ、それともこっちか!?」


 ガーウィンが立ち上がり、空中に手を伸ばす。

 何かを捕らえようとする動きだ。


「やめなさい。あなたはそれを覚えるのが先です」


 石畳だというのに、床から植物が生えてきた。

 それらがガーウィンに襲い掛かる。


「よっ、と。はいはい、わかったから。止めてくれ」


 しかし、彼は軽やかなステップで全てを避けた。

 ギルドマスターが手を振ると、植物たちはスッと消える。


 ――本当に面白い魔術だ。


「ああ、ですが。クレアさん、あなたはシード権ではないので。今日から出てくださいね」

「まあしょうがないわね。私の天才っぷりを見せつけてあげるわ」

「はい、楽しみにしております」


 ギルドマスターがお茶を出してくれた。

 エルフ様な彼、手ずから淹れられたお茶である。美味しくないわけがない。


「お、エルフ秘伝のお茶じゃねえか。クレア、お前よっぽど気に入られたんだな」


 鼻をヒクヒクさせて、ガーウィンが言った。

 彼はお茶を一口飲んで。――俺のは普通のお茶かい! と突っ込んでいた。

 にぎやかな人だ。


「エルフ秘伝……きっと特別なのね」


 知識欲がムクムクと湧き上がってくる。

 エルフの里とかあったりして。そこには見たことのない素材が山のようにあって。キレイなお姉さま方もたくさんいて。


 ――何そこ、超行きたい。


 そんな妄想を膨らませていると、にわかに外が騒がしくなる。

 そして荒々しく扉が開けられた。


「悪い、ルー! 寝坊した!!」


 大男が騒々しく入ってくる。

 彼が加わるだけで、部屋の広さがぐっと狭くなるから不思議だ。


「大丈夫です。初めから寝坊することはわかってました」

「それもヒデェ!!」


 大男はギルドマスターへと近づいていく。その途中で私を発見し、次第に顔色が変わった。


「……あ! 貴様!! あの時の不審者の女! よくものこのこと顔を出せたな! あの後、こっちはどれだけ大変だったと――」

「――煩いです」


 ギルドマスターが手を振ると、あっという間に大男は拘束される。

 その姿を見て、私はようやく思い出した。


「あ、植物に拘束されてた人だわ」


 確か、副ギルドマスターだったはず。彼はあの時と同じように拘束され、地面に転がされた。


「もがぁ! ぐぐもぐがぁあ!」

「クレアさん、どうぞこちらはお気になさらず。些末なことです」

「ほう、クレアがあの噂の嬢ちゃんか。こりゃ面白い気のやつも期待できるな」


 噂というのが気になるが、ギルドマスターは掘り返してほしくないようだ。


「そう。……なんだか迷惑をかけたようね。悪かったわ」

「いえ、構いません」


 彼は優雅にお茶を飲む。美しい。

 私も習って飲んでみた。


 ――うん、高貴な味がする。


 大男の咆哮をBGMに、そんな穏やかな時間を過ごした。

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