第41話 天才と変装
朝になった。
窓を開けて、新たな空気を取り込む。
「おはよう。アサシン」
風が髪をゆらす。
――今日も一日頑張ろう。
ベッドを見ると、フィーはいまだ寝ていた。
この後の予定は特に決まっていないので、このまま寝かせてあげよう。身支度を整えると、リビングに出る。
そこにはすでにエーゲルとオルザがいた。
「おや、クレアお嬢さん。おはよう。良い朝だね」
「おはようございます、エーゲルさん。ええ、良い朝だわ」
「……おはよう」
「おはよう。フィーならまだ寝ているわよ」
「ああ、昨日は遅くまで起きていたからな」
軽く挨拶をして、席に座る。オルザがお茶を出してくれた。
それを飲みながら、エーゲルと談笑する。
「クレアお嬢さんは、今日はどうする予定かな?」
「そうね。露店を見つつ、薬学ギルドと魔道具ギルドに行こうかしら」
杖と鍋を新調できたし、お金を稼ぐためにも入っておくべきだろう。
可能ならば魔導書ギルドにも行って、魔導書というものを読んでみたい。
「おい、大丈夫なのか? 昨日あれだけ騒ぎを起こしておいて……。貴様も変装した方が良いんじゃないか? 素材とやらが足りないのなら、俺のを着けて行くか?」
オルザは自身のヘアピンに手を当てる。
「ああ、大丈夫よ。性能の良い杖も出来たしね」
新しい杖を掲げて見せる。
何度見ても良いものだ。撫でるように手を滑らせた。
「まさか、絡んできた輩、全てを倒そうと言うつもりか?」
「そんなことしないわよ、失礼な。……髪色を変化させるものを作らなくったって、天才の私には動作もないことだもの」
軽やかに席を立つ。
周りに物がないことを確認して、リズムよく杖を振った。
「偽りの
キラキラとした粒が私の周りを飛び回る。
術が発動し終わっても、それは続いていた。
「どう、変わったかしら?」
「ん? 変わった……か? いや、しかし。変わった、ような?」
「すまないね。私の老いた瞳には、少々難しいようだ」
二人が困惑した顔をしている。
――だが、それでいいのだ。
「問題ないわ。それが正解だもの。この魔術はね、初対面の人などのあまり面識のない相手へ大きな効果がでるものなのよ」
飛び回る光を抑えるように、もう一度杖を振る。これは周りには見えないが、私にとっては目障りこの上ない。
「“当てはめたいイメージを私に当てはめるもの”なのね。口調でも、髪色でも、行動でも構わないのだけれど、そこから得られた情報で私が構成される。つまり、その人のイメージがそのまま私の顔になるってこと。認識阻害魔術ね」
二人は理解しているのかしていないのか分からない顔で、うなづいた。
それが可愛らしくって、少し笑う。
「とっても簡単に言えば、私の顔をよく知らない人には、私だと気づかれなくなるってものよ」
そこでようやく二人が納得した。
「ね? 私に変装の道具など不要なのよ。ま、万が一また絡まれても、撃退できる力もあるもの、問題ないわ」
「やっぱり撃退するんじゃないか」
「最終手段よ! なんでも力技で解決する気じゃないわ!!」
人のことを喧嘩っ早い脳筋だとでも思っているのだろうか。本当に失礼な奴め。
「はっはっは、しかしこうしてトラブルを回避できるようであるのなら、心配はいらないな。……露店を回るのなら、お金も必要だろう。これを持って行きなさい」
穏やかな笑い声と共に、エーゲルがお金の入った袋を手渡した。
「フィー様とオルザの魔道具の謝礼金だ。それと、面白いものを何度も見せてくれたからね。色も付けといたよ」
「まぁ! いいの!? 懐がとっても寒かったから、助かるわ!! ありがとう、エーゲルさん」
「ああ、楽しんできなさい」
エーゲルが紳士な態度で応えた。さすが、金持ちは違う。
袋の重さで笑みが止まらない。
「……ぉは、ょぅ?」
そこに、寝間着姿のフィーが現れた。
目をこすり、まだ眠たい様子だ。
「おはようございます、フィー様。今日も良い朝ですよ」
「フィー様、おはようございます。ただいまお飲み物を持ってまいります」
「ぅむう……」
覚醒していないフィーを誘導して席に座らせる。その間にオルザが飲み物をセットした。
「さて、フィー様も起きられたことだし、食事にしようか。何事も食事をとらなければ始まらない」
エーゲルの鶴の一声で、各々食事の準備に取り掛かった。
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