第21話 天才と旅立ち


 自分の荷物など、あってないようなものだ。

 村長宅に運ばれていた素材たちを素材袋に入れると、もう準備が整った。


「村長、短い間でしたがお世話になりました。ひとえに皆様のご厚意のおかげです。ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうねぇ。またいつでも来なさい。歓迎するよ」


 村長に深く礼をする。


 もしかしたらこっちでは、感謝の意を表す行為がこれではないかもしれないが、それでもしたかったのだ。

 村長も心得たように、礼をしてくれた。


「あなたのその力を妬むもの、悪用しようとするものもいるでしょう。けれど我々だけはあなたたちの味方だよ」


 心と目頭が熱くなる。こぼれないように、もう一度頭を下げた。


 村長の家を出ると、村の人たちが待っていた。


「クレアちゃん! こっちだよ~!」


 当然のようにリアとゴイがいる。

 デンも穏やかに笑って立っていた。


「本当は町まで送ってあげたいんだけどね」

「弱い俺たちでは邪魔になるだろうからな」


 見送ってくれるだけでも十分嬉しい。

 リアと握手をして別れを惜しむ。


「クレアさん、マントを作るときに余った布はあるかい?」

「ええ、あるわよ」


 素材袋に突っ込んでいた布を出す。


「いいものだね。我々は物と物とを交換するばかりだからお金は持っていないけど、町で生活するには必要になる。着いたらそれらをまず売るといいよ」


 デンには様々な情報をもらってばかりだ。


「クレアちゃん、ダンジョンに行くんだって? ダンジョンは不思議なこと、ものがたくさんあるって聞いたよ! 冒険者さんもいっぱいいるから気をつけてね!!」

「風邪……は、お前自分で治せるか。……怪我するなよ、命は大事にしろ」

「クレア様、ほれ、早くマントを着なさい。変な輩に見つかってからじゃ遅いんだからね」

「優しすぎるところとか心配なんだよな、クレア様って。たまには自分を優先しろよ」

「クレアさま、行っちゃうの~? また会いに来てねっ」

「土産話、聞かせに戻ってきてくださいね!」


 一人一人、声をかけてくれる。

 思いやりが詰まっていて、今にも泣きそうになる。


 ――常識が分からない、怖い恐ろしい、明日奇病に侵され死んでしまうかもしれない。

 そんな不安を、甘い甘い蜜が溶かしていくようだ。


 だが、ここにはとどまれない。

 この優しい言葉を彼にも聞かせてあげたいから。


 バサリとマントを羽織る。

 この村の優しさで出来たマントだ。深い橙色の布が風で舞った。


「心して待っていなさい! クレア・ジーニアス、こっちでも名をとどろかせ、天才を泊めた村として、ここを有名にしてあげるわ!!」


 ふんぞり返る。

 しんみりした空気は私には似合わないもの。


「うん、待ってるね。――いってらっしゃい。クレアちゃん!」

「ええ。行ってくるわ、リアお姉さん」


 最後にもう一度頭を下げてから、歩き出す。


 申し訳程度に舗装されている道を、私は軽やかに進んで行った。




  ――初めての村編 終わり

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