第19話 天才と最後の情報収集1


「おや、まだ3日も経ってないヨ?」

「私、あまり長居はしない主義なの」


 髪を払い、そっぽを向く。


「ふむ……もしかして、彼らに情が移ったかナ?」


「冗談はやめなさい。当初の目的である素材袋と杖を作れたからよ」

「なるほどネ。……ボクは君の従順なるだヨ。君に従おう、天才のお嬢さん」

「ふん、準備だけしておいてね」


 うやうやしく頭を下げるアサシンを一瞥いちべつして、きびすを返す。


「あぁ、そういえば。アサシン、あなたちゃんと寝ているの?」


 振り向いて問う。

 アサシンはあれから一度も人前に姿をさらしていない。つまり、少なくともベッドでゆったりとは眠れていないはずだ。


「大丈夫だヨ。ボク、木の上でも十分に休めるから」

「……逆に不安になったわ。早々に出ましょう」


 村に向かおうと歩き出して、止まる。

 言うかどうか悩んだが、結局伝えることにした。


「情も……確かに移ったら問題だけど。それよりも……ここにいたらあなたが一人ぼっちになるじゃない」


 ――それが嫌だったのよ。


 それだけを伝えると足早に歩き出した。

 後ろでアサシンの笑い声がする。


「それは気がつかなかったヨ」


 振り返りもせずに、私はリアの家へ戻った。


 ********


 朝。

 用意してもらった朝食を食べながら、そろそろこの村から出る旨を伝える。


「えー、クレアちゃんもう行っちゃうの!?」

「ええ、お世話になったわね。作りたかった袋と杖、さらにマントまで用意できたし、ちょうどいい機会だから行くわ」

「待って、せめてもう一日だけ待って! お礼とか、お見送りとかしたいし!!」

「必要ないわよ。お礼も、十分みんなからもらったわ」


 対価として素材を大量にもらった。

 村の中も案内してもらったし、存分に鑑定もして情報も集められた。むしろ貰いすぎなような気がする。


「全然足りないよ! だってあの後も、予備にって薬を大量にくれたし!!」

「あれは……調合の練習よ!」

「えぇー? それにしてはたくさん……」

「そうなのっ! もうっ……お昼には出るから。ありがとうね、リアお姉さん」


 私の決意が固いと悟ったのか、村の人たちに伝えに走っていった。

 わざわざ伝えに行かなくてもいいのに……。


 苦笑いを浮かべながらも、食事を再開する。


「クレアさん、遠慮しないでここにもう少しいてもいいんだよ?」

「ありがとう、デンさん。確かにここは居心地がいいけれど。ここには私しかいられないから」

「うん? どういうことかな?」


 一緒に食卓を囲んでいたデンが不思議そうに見る。


「一緒に来ていた彼、あの人が人と遠慮なくしゃべれるようになるためには、もっと多くの場所に行かなければならないの」


 威圧を抑える指輪と、言語を理解できるようにする装飾品を作りたい。

 だが、この村の素材では無理だった。


「……そっか。やっぱりクレアさんは優しいね」


 この村の人は皆そう言う。それがなんだかむず痒かった。


「優しくないわよ、私なんて」


 本当に優しいのなら、威圧を抑える指輪を渡しているはずだ。

 会話ができなくったって、ジェスチャーでも案外伝わるものだし、最悪覚えていけばいい。


 ――指輪は私の手元にある。

 それが答えだった。


「ううん、優しいよ君は。……でもそうか。行ってしまうのか」


 しみじみと言われると、どう反応を返していいのか分からない。


「クレアさん、君たちは都市についてどれくらい知っているのかな?」

「恥ずかしながら、まったく分からないわ。想像できるのは人が多く、流通も盛んだろうってことぐらいね」

「そうなんだね。じゃあ、ギルドのことも知らないかな?」

「ギルド?」

「そうだよ。職業組合のことなんだけどね。クレアさんが都市でも薬を作って売るのなら、薬学ギルドか協会に属さなければならないんだよ」


 ギルド。初めて聞く言葉だ。


 私は身を乗り出すようにして、聞いた。

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