第15話 天才とアサシン
威圧とは、言葉通り他人に恐れを抱かせるというもの。
強い者ほどそれは身からあふれ出し、弱者をおびえさせる。
人を従わせるにはちょうどいいものだが、仲良くなるためには必要ない。
それが、威圧。
「ボクはネ、称号持ちなんだヨ」
ポツリとアサシンが言う。
称号とは、その人の生き様や肩書などから身に宿るもので、それが珍しいほど強い効果を得られる。
簡単なものでも得ることは難しい。もちろん、天才の私も持っている。
「その称号全てにネ……威圧の効果が付いていて、ネ」
遠い目をするアサシンに、私も思わず遠くを見る。
「ちなみに、いくつ持っているの?」
「6つかナ」
「あぁ……」
例え称号に付いている威圧の一つ一つが最低ランクだとしても、6つもあれば強大となる。
なおかつ、彼の強さからくる威圧もあった。普通の者なら耐えられないだろう。
リアと初めて会った時のような反応なら、まだマシだ。
恐れ、泣きわめき、悪魔と呼ぶ。
そんな想像が容易にできた。
「だからネ。ボクは人と仲良くできないんだヨ」
アサシンはヒラヒラと手を振った。
――ボクのことは気にせずに、楽しんでおいで。
称号の効果を打ち消す方法だが、実はある。
手に入れた称号を破棄すればいいのだ。
だが、称号から得られるメリットはとてつもなく大きい。
威圧によって日常生活に支障をきたしても、その他の効果が必要なのだろう。
「舐めないでほしいわ」
私はアサシンへと近づく。
彼は余裕の表情で待っていた。
――ムカつくわね。
身に着けていた指輪の一つを外して、近づく。
アサシンは驚いたかのように、一歩引いた。
それでも無理やり近づく。
「私は天才なのよ」
強引にアサシンの手を取り、その指に指輪をはめる。
「そんなもの打ち消してあげるわ」
指輪がアサシンの手になじんだ瞬間。
彼からあふれていた威圧が消えた。
指輪の効果にアサシンが見るからにうろたえる。
楽しい。
ニンマリと笑う。
「さて。申し訳ないけど、それは一つしかないのよ。あなた一人でみんなのところに戻ってちょうだい」
「え、え、ちょっと待って、ボク彼らの言葉はわからないヨ!?」
それもそうだろう。私が異世界なのに彼らの言葉を理解できていたのは、私の持つ称号の効果によるものだから。
「しゃべらなくても、料理を貰って食べて来るだけでいいじゃない。……ほら、行きなさい!」
アサシンの背を強く押し、森の外へ追い出す。
月明りに照らされて、黒の衣装がはっきりと映った。
闇に戻りたさそうにしているアサシンを、シッシッと追い払う。
それを何度か繰り返したのち、諦めたのか彼は明かりが灯る家々へ向かっていった。
アサシンが戻ってくるまで、私は人に見つからないように森の奥へ逃げ込む。
やることもないので素材集めと、彼に渡した指輪の制作方法を考えていた。
とりあえず金属は必要だろう。
その次に魔石かそれに準ずる宝石も欲しい。
作るにしても鉱石が必要だ。
そのためにはツルハシも作成しなければ。
つらつらと考えていたら、思いのほか早くアサシンが戻ってきた。
「ハァ、戻ったヨ。理解できない言語で話しかけられるって、案外怖いものなんだネ」
早々に指輪も返された。
アサシンからの威圧も復活だ。
「あら、もういいの? 何だったらあげるわよ?」
「そんなことしたら、君が彼らと話せないヨ。ボクはどうせ会話できないし、必要ないからサ」
それならと、再び指輪を装備する。
アサシンが安心したかのように大きく息をついた。
「それにしても、ボクより大きな威圧を放つなんてネ。……魔物以外で身がすくむ思いをしたのは、君が初めてだヨ」
アサシンがチラリと私を見る。そこにおびえはなかった。
「当然よ、私も効果に威圧が含まれる称号を持っているし、それにあなたより強いもの」
「ボクと普通に話せるというところで、気づくべきだったネ……」
やれやれと、アサシンが肩をすくませる。
私はいたずらが成功した子どものような気持ちになった。
「そうだ、みんな君を探しているようだったヨ。クレア、クレア、と言っていたしネ」
「あら、戻らなくちゃね。アサシンはどうする?」
「ボクはこのまま森にいるヨ。ついでに適当に狩りと、そこらのものを回収しておくネ」
「助かるわ!」
アサシンの気遣いに感激する。と同時に申し訳なくも思った。
「……ねぇ、アサシン。材料がそろったら、指輪作るから。もう少し待ってて」
真剣な私の声音に、アサシンは森へ戻る前にうなづく。
「待ってるヨ、天才のお嬢さん」
アサシンは森の中へと吸い込まれた。
――月に照らされた者は、私だけ。
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