第9話 天才と鍋
クシェというものは、結論から言えば木の実だった。
赤くてつやつやとしている。いったいどんな味がするのだろうか。
「収穫って言うから、てっきり栽培しているのかと思ったわ」
手で包める程度の大きさのクシェの実を、一つ一つ丁寧に取る。自生しているため、あちらこちらに移動して収穫しなければならない。
万能袋の中に入れていた高速手袋さえあれば、もっと手早く摘めるのに。
「栽培って何?」
「自分たちで育てて管理することよ。水をあげたり調子を見たりしなければいけないから手間もかかるけど、その代わり安定して収穫できるように調整もしやすくなるわ」
「ふーん、クレアちゃんは物知りだね」
適当に相づちを打つリアに、この子理解できなかったな、と苦笑いする。
だが、自然と共に暮らすのもロマンがあるものだ。詳しい説明はやめて、熟れた果実だけ摘む作業に戻る。
――この子はとっても品質が良い。この子は日がうまく当たらなかったんだね。こっちの子は虫に食べられてしまっている。それだけおいしそうだったのだろう。
この子たちで調合するのなら、どんなものを作ろうか。何と合わせようか。
錬金術師の性だろう。そんなことを考えながら作業を続けた。
ある程度日が傾いたころ、リアが大きく伸びをしながら終了しようと言い出した。
「クレアちゃんのおかげでたくさん取れたね! ありがとう」
「これくらい、大したことないわ」
実際とっても楽しかったし。こういう単純作業は好きだ。
「さあ家に戻ろうか。父さんが待っているし」
「私も荷物持つわ」
全部運ぼうとするリアから、荷物を取って歩く。
「ありがとう。そうそう、途中でゴイと村長のところに寄って行こう。鍋のこと聞かなきゃ」
「ええ、よろしくね」
てくてくと歩いて村へ戻る。
クシェが自生している場所は、村から少し離れているのだ。
「そう言えば、クレアちゃんは今日この後どうするの? よかったらうちに泊まっていく?」
「あら、いいの?」
「いいよ。狭いし、父さんが病気だからあんまりお勧めできないけど」
「私は気にしないわよ。それに、もしかしたらデンさんの病気も治してあげられるかもしれないし」
「ええ!? それ本当!?」
「確証はないから、あまり期待しないでいてね」
ダメだった時のことも考えて言う。だが、さっき見た限りでは理論上は可能なはずだ。
「……クレアちゃんって、本当はすごい人?」
チラリと伺うようにこっちを見るリアに思わず笑う。
「まあね。私、天才だから」
そんな私の返答に、リアはますます不思議そうな顔をするだけだった。
少し歩いて、村に着いた。
まずゴイの家へ向かっていると、たくさんの村の人たちから声をかけられる。
「クレアだっけ? よろしくな」
「ようこそ、クレアちゃん」
「ゆっくりしていけよな!」
一人一人丁寧に返事を返しつつ、なぜもう知れ渡っているのだろうかと首をかしげる。
「たぶん、ゴイがみんなに説明してくれたんだね。この村狭いから、新しい人って珍しいし」
なるほど。
あまり住人が多くないからそこ、連絡網がしっかりとしているのか。
「さて、ここがゴイの家だよ。……ゴイ! いる?」
「……おう、なんだ来たのか。ちょっと待ってろ。――母ちゃんに聞いたけど、大きい鍋はこれしかないってさ」
ひょっこりと奥から顔を出したゴイは、一度戻ると手に鍋を持ってきてくれた。
「うーん、この大きさでも出来ないことはないけれど……可能ならもう少し大きい方が良いわ」
「そうか。で、どうするんだ?」
「それなら、村長のところに行こうか。そこでもなければ、ゴイのを貸してもらおうよ」
「そうね、そうしてもらえると助かるわ」
「おう、わかった。暇だし俺も付いていく」
ゴイはそう言うと、私とリアの荷物を半分づつ持って歩き出す。
なんて男らしくてスマートなんだ! リアと私はともにお礼を言った。
「気にするな。行くぞ」
そうして私たちは村長の家へと向かった。
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