第6話 天才と名前


 川沿いを下るようにして歩く。


 人は基本的に水のある所に住処を築くものだ。

 男と話し合った結果、これが手っ取り早いと決まった。


「ああ、あの素材もよさそうだわ! でも、どれも手放せないし……ぐぬぬ」

「もうこれ以上は持てないからネ」

「わかっているわ! ……袋がないだけで、こんなに荷物がかさばるなんて」


 これは早急に袋を作る必要がある。


「そんな君に朗報だヨ。人の形跡がちらほらと出てきた、もうすぐなんじゃないかナ」

「本当!? やったわ! 早く鍋を借りましょう、お風呂にも入りたいわ!」


 足取りが軽くなる。

 ある程度の汚れは魔法でどうにかなるにしても、やはりお風呂に入れないのは我慢できなかった。


「さて、人と関わっていくにあたって、ボクたちの関係設定はどうするかナ? こっちの常識なんて知らないし、そこらのド田舎から出てきた村人ってことでいいかナ?」

「そうね、それが無難かしら。そして私たちは、村から出て一緒に都会へ職を探しきている、とか?」

「そうだネ。さしずめボクは、君のお母さんに君のお守りを任されたお兄ちゃん役かナ?」


 からかい交じりに頭を撫でられる。


「あら、いいの? わがまま放題言っちゃうわよ?」

「構わないヨ。ある程度のわがままなら叶えてあげるヨ、天才のお嬢さん」

「あら、天才のわがままを叶えられるかしら? ……まあ、その設定であなたがいいのなら私も大丈夫よ」


 そこでふと気づく。私、この男の名前を知らない。


「ねえ。ところで、あなたの名前、聞いてもいいかしら?」

「ふむ、そう言えばお互いに名乗っていなかったネ」


 男も今、気づいたようだ。


「私の名前はクレア。クレア・ジーニアスよ」

「ボクは……そうだネ、アサシンって名乗っておこうかナ」


 名乗っておくって何なんだ。

 偽名だって言っているようなものじゃないか。


「アサシンって……そのままね」

「君だってそのままだと思うけどネ。ジーニアス……天才、ネ」


 クスりと笑われ、顔が赤くなる。


「いいじゃない! 名前ぐらい好きに決めさせてよ!!」

「うん、構わないと思うヨ。ボクは」


 そんな風に言われたら、彼の偽名にも言及できない。

 諦めて、その名前で呼ぶことにした。


「では、アサシンお兄ちゃん? 私、味付けされた料理が食べたいわ」

「わかったヨ、クレア。お兄ちゃんがすぐに用意してあげるネ」


 そんな茶番を演じながら、私たちは川を下って行った。



 足取り軽く、サクサクと進む。

 男、アサシンが言った通りに、周りは明らかに人の手が加えられている形跡が見えた。


「そうだ、クレア。もう一つ言っておかなければならないことがあったヨ」


「あら、なにかしら。お兄ちゃん?」


 立ち止まったアサシンに合わせて、足を止める。


「君は天才だから感じないかもしれないけどネ。……普通の人にはボクの気配におびえるんだヨ」


 ――こんな風にネ。


 カコンと、木桶の落ちる音がする。

 そちらに目を向ければ、妙齢の女性が目を見開き固まっていた。


「そういうわけでネ、後は頼んだヨ」


 アサシンはそれだけ言って、その場から気配を消した。

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