第5話 天才と起死回生のアイディア

「さすが天才だネ。あれほど大量の水を出し続けても、ケロリとしているなんてネ」

「あの程度の魔法なら、回復量の方が多いわ。魔力は減りもしないわよ」

「頼もしいネ」


 たき火に肉をかざし、程よく焼けるまで待つ。

 その間は果物などをほおばっていた。


「ふぉうせんよ《当然よ》、ふぁふぁしふぁふぇんさいふぁからね《私は天才だからね》!」

「ああ、君は天才だヨ」


 ムキャモグと食べ続ける。

 ずっと食べていなかったからか、とても空腹だった。


「ふむ、それにしても厄介だネ。こっちの魔物は硬すぎるヨ」


 食べつつもナイフの点検をしている男。器用な奴だ。


「ムグムグ、ゴクン。……あら、それ少し欠けているわね」

「こいつを倒すときにちょっとネ」


 いい感じに焼けたのか、男は肉にかぶりつく。

 とたんに笑顔になったので、美味しかったのだろう。


 万全を期すために私はもう少し焼くことにした。


「ねえ、それ少し貸してもらえるかしら?」


 生み出した水で手を洗いつつ、男に尋ねる。

 もしかしたら武器だし、断られるかもしれないと思ったが。


「構わないヨ。どうゾ?」


 あっさりと手渡してくる男に、逆に不安になった。

 それでいいのだろうか。


 だが借りたいと言ったのは自分なのだし、紳士にも柄の方を私に向けて差し出してくれている男にお礼を言って、受け取った。


「エンチャント:強化・硬化」


 手のひらをかざして唱える。

 青白い光がナイフを包み込み、吸収された。


「……本当に君はすごいヨ。までできるなんてネ」

「天才はなんだってできるのよ」


 はい、とナイフを男に手渡す。

 男は驚嘆の声をあげながら、しげしげとナイフを眺めた。


「釜とまでは言わないけれど、せめて鍋があれば欠けたところも直してあげられるのだけどね」


「鍋でも錬金術は発動するんだネ」

「ええ、簡単なものに限定されるけれど可能よ」


 少し焦げ目の目立つ肉を手に取り、かぶりつく。


 ――美味しいっ!


 そのまま無心でほおばった。

 男が思わず笑顔になる理由もわかるというものだ。


「ふーん。……なら、最初は鍋からでも、徐々に環境と釜をそろえていければ異界渡りの宝珠を作ることも可能なんじゃないかナ?」


 その何気ない発言に、私は固まる。

 口元にあった肉が下がっていった。きっと口も開いているだろう。


 けれどそれを気にするほどの余裕はなかった。


「鍋から……?」


 鍋で杖と袋を作って。

 完成品は低品質だろうから、理想とは程遠いけど。

 でも、それでも、それらさえ準備できれば素材を集められる。ちゃんと錬金術を使える。


 そうすれば、鍋から釜にグレードアップできて。

 もっとちゃんと環境も整えられて……。


 世界が違うから素材や理論構築も一からやり直しだけど、とても時間はかかるけれど。――けれど。


「可能だわ。……可能よ! あなた私の次に天才だわ!!」


 興奮のあまり立ち上がってしまった。

 男は私を見上げながら微笑む。


「天才に天才と言われると、照れてしまうネ」


 私は右手を差し出す。男もその意図に気づいて、手を差し出し握ってくれた。


「帰れるわ、私たち。帰れるのだわ! 一緒に帰りましょう、元の世界へ!!」

「ああ、頼りにしているヨ。天才のお嬢さん」


 熱く握手を交わし合い、誓う。


 ああ、トンネルを抜けたみたいに一気に目の前が明るくなった。

 世界は希望で満ちている。神様は私を見捨ていなかった。


「まずは鍋を探さなければいけないわね!」

「そうだネ。とりあえず人里に降りようか、そこにきっとあると思うヨ」


 ――でも、その前に腹ごしらえが大事だヨ。

 そう言って男は再び肉にかぶりつく。


「まったく、その通りね!」


 一通りはしゃいでから、空腹感を思い出した。


 落としてしまっていた肉を取り、一度洗浄してから火にくべる。

 廃棄するなんて選択肢は存在しない。もったいないもの。


 そこから二人は一言もしゃべらず、黙々と食事を続けた。

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