第4話 天才と刺客2


 男に殴られて、わずかに体が飛ぶ。


 だが、身に着けていた装飾品の効果で、そこまで痛みを感じなかった。


 なぜ武器を使わず、素手で殴ったのだろうか。


 混乱しながら男を見やる。

 男は明らかに怒っていた。


「いいかイ、今から大事なことを言うヨ。――ボクはネ、生きることを諦められることが一番嫌いなんだヨ」


 ナイフの切っ先を私に向け、男が憎々しげに言い放つ。


「ボクに殺されたいのならば、抵抗してほしいネ」

「え、えー……」


 なんだそうれは。死を受け入れたから怒られたというのか。


 抵抗ってどうすればいいのだろう。

 悩んでいると、男はナイフを地面に突き刺して、荒々しく地面に座ってしまった。


「あーあ、萎えたネ。殺したくなくなってしまったヨ」

「え、そんなぁ……」


 いきなりやる気のなくなった男に、困惑してしまう。殺してくれないなんて、あんまりだ。


 そう思ってからふと気づく。

 いや、別に私は死にたいわけじゃない。なのに何で、私は残念に思ったんだ?


「ネ、天才ならこれが食べられるか分かったりしないかナ?」


 私の混乱をよそに、男が適当な木の実を放り投げてくる。それを慌ててキャッチした。


「ちょっ、まっ! っと。……鑑定。えっと、そうね。これは特に毒もないわ」

「ふーん、じゃあこっちはどうかナ?」

「なっ、待って! お願い待って! 今行くから、投げないで!」


 ブヨブヨに膨れた果実までも投げようとする男を必死に止める。

 そんなもの投げて、破裂したらどうするのか。


「毒はないけれど……。腐っているわ。食べれないわね」


 食べごろであれば栄養満点で、食料としては申し分なかっただろう。

 だが、残念ならがこれは食べられない。食べてもお腹を壊しかねないからだ。


「ふーん、やっぱり君は殺さないでおくヨ。便利だネ、その鑑定能力」

「えっと……ありがとう?」


 殺さないでいてくれるのは、素直にうれしい。

 お礼を言う。


「錬金術と鑑定以外で、他の能力は何があるのかナ?」

「そうね、杖がないから強力なものは使えないけど……簡単な魔法なら使えるわ」


 そう言って私は、右手に炎、左手に水球を出した。


「君は本当に便利だネ」


 ニヤリと男が笑う。


「私は天才だから、当然よ」


 髪を払って、得意顔をする。


「あぁ、天才だネ。……さて、君の有用性も分かったことだし、腹ごしらえでもするかナ」

「木の実とかの鑑定なら任せて!」

「お願いするヨ。ボクは肉でも取ってくるかナ」


 そう言うと、男はふらりと森の中へ消えていった。


 ――不思議な男だ。


 私は二度も彼に殺されかけた。なのに、まったく恐怖心が沸かない。


「それどころか、安心感すらあるのよね。困ったものだわ」


 鑑定と採取を繰り返しながら、つらつらと考える。


 男の顔に見覚えのないうえに、彼から憎悪の感情が見えないことからも、やはり誰かから雇われて私を殺そうとしたのだろうと思う。

 天才は時に他人から恨みを買うこともある。それはしょうがない。


「雇った人よりも多くのお金を出したら、殺すのやめてくれないかしら」


 小さく息を吐き、手に取った素材を鑑定した。


 ********


「戻ったヨ。おや、すごい大量だネ」


 気配もなく、男が戻ってきた。小山になった収穫物を見て、驚きの声を上げる。


「えぇ、つい楽しくって……」

「足りないよりもいいヨ。さて、君の魔法の力を借りたいけれどいいかナ? っと、その前に」


 男が取ってきた獲物を私に見せて言う。


「――こいつは食えるかナ?」

「ええ、食べられるわ。……解体終わったら、骨と羽を貰ってもいいかしら?」


 骨も羽も素材として秀逸だった。ぜひ欲しい。

 男はニヤリと笑って、うなづく。


「構わないヨ。じゃあ、解体するから君の水で洗い流しててくれないかナ」

「ええ、任せて」


 こうして、私と男は食事の支度を始めた。


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