第3話 天才とその刺客1


 パチパチと火が爆ぜる音がする。

 まだ寝ていたい欲求を無理やり追いやって、目を開けた。


「おはよう、お寝坊さんだネ」


 そこには男がいた。


「ファッ!?」


 飛び起きる。頭が痛い。


 薬品で治そうと思い腰に手を伸ばして、気づく。

 袋はないのだった。


 そしてこの男についても思い出した。

 ――刺客だ。


「おはようございます。どうして私を殺さなかったのかしら?」


 男に問いながら、そっと手を動かす。

 自由に動く。別に手足を縛られているわけでもない。


 拘束されるどころか、親切にも男のものと思われる上着で包まれていた。おそらく、敷物兼上掛けだろう。


「うん、食事に困ったら殺そうと思ってたヨ?」


 食う気だったのか、この人。

 痛む頭を抑えながら、胡乱な目を向ける。


「死にたくないからネ」


 君もそうだろう? そう問われると、うなずくしかない。


「すぐに殺さなかったのは、君が気絶する前にも言ったよネ。説明してほしいってサ」


 私は気絶したのか。本当によく生きていたものだ。


「説明してくれるネ? 異世界って何だい、ここはどこなのかナ」


 ナイフを片手に男が尋ねる。言わなければ害すると、言外に語っていた。

 特に隠す必要性も感じなかったので、一連の流れを素直に話すことにした。


 *******


「――なるほどネ。異界渡りか……。随分なものを作り出したネ」

「私、天才だから」


 ふんぞり返っていると、男はニッコリと笑って言った。


「じゃあ、天才のお嬢さん。もう一度、異界渡りを作れるネ?」


 その言葉に、しおしおと小さくなるしかない。


「それは……無理よ。作れないわ」

「一度作ったのだろう? なら、また作れると思うけどネ」

「無理よ。だってアトリエがないもの」


 私は男にもわかるように、丁寧に説明する。


「錬金術は万能だと思われているけれど、実はそうでもないのよ。難しい錬金ほど、環境が整っていなければ、材料と才能が揃っていても発動すらしないわ。そして、その環境が整っているアトリエには……戻れないのよ」


 男は、「ふむ」とつぶやいてからうなづく。


「ここが異世界だからかナ?」

「いいえ、違うわ。扉と鍵がないからよ」

「扉と鍵、ネ」

「ええ、アトリエに繋げるために必要な道具なのだけれど、今は手元にないのよ。それらがあれば理論上は異世界であろうと、入れるはずなのだけれど……」


 腰に手をやる。いつもはそこにあるはずの袋。

 だが、今は何もない。


「そうか、つまりもう作れないんだネ?」

「ええ、残念ながら……」


 首を横に振る。すると一気に寒気が走った。


「じゃあ、君はもう用済みだネ」


 ナイフを構え、男が言う。


「え……?」

「そうだろう? 天才の君であっても無理なのならばしょうがないネ。死んでボクの食料になってもらうヨ。知らない生物に食い殺されるよりかはマシだろう?」


 何気ない調子で言われる。だから、そうかもしれないと思ってしまった。


「そうね、そうだわ。きっとそうなのだわ……」


 死にたくないと思っていた。

 誰にも知られずに、消えていきたくないと。


 だけど、今なら。少なくとも私を殺す、この男がいる。

 笑わずに、私のことを天才だと言ってくれた。


 ――もう、これだけでいいんじゃないだろうか。



「あまり痛くないといいわ」


 諦めに似た感情で、決意する。

 男は何も言わずに、その手を振り上げた。


 綺麗な男だ。

 今になって初めて顔をよく見た。


 さげすむような瞳も、男の色気を増やす要素でしかない。


 こんなイケメンに殺されるのならいいのかもしれない。

 目に焼き付けるように男を見る。


 そしてついに、男の手が迫って来て、私を――殴った。



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