第2話 天才の絶望
草木の生い茂る森の中。
私は今、狂喜乱舞していた。
なぜなら、私が天才であることが、本当に証明されたのだから。
「鑑定。あぁ、知らないわ! こんな素材見たこともない‼ あっちも、こっちも! 私の見たことのないものばかり!!」
私は天才なので、全ての素材の名前、産地、落とす魔物を暗記していた。
全世界を旅して記し、採取したのだから間違いない。だから、見たことのないこの素材は、この場所は。
「素晴らしいわ! これが異世界ね!!」
目に映るすべてが未知なるものであふれている。こんな心躍ることは他にはない。
幸い、今のところステータスに異常は見られない。空気中の物質に、人体に害となるものはないようだ。
「出来るだけ多く持ち帰って、栽培しなくちゃ! これと……あら! あれもいいわね!!」
周りが安全なのを良いことに、いそいそと素材を採取する。
そこでふと、思い至った。
「あら、素材袋がないわ……」
時間停止と、重量数量無視の万能素材袋。出かける時には必ず身に着けていたはずのそれがない。
「ああ、そうだわ。そうよ、私……」
アトリエに全て置いてきてしまったのだ。袋も、杖も、エフィーも。
そして思い出す。命を狙われていたことと……。
「まずいわ。これじゃ帰れないじゃない」
自分の世界と、アトリエに戻る手段がないことを。
*****
「最悪の事態になったわね……」
異界渡りの宝珠は1個。そしてそれは使い切り。手元にはない。
「……せめて扉と鍵があれば」
どんな場所でも、どれほど離れていても、アトリエに帰れる道具。これがあるからこそ、世界中を旅できたという、私にとって必須アイテム。
だけど……。
「袋の中なのよね」
いつも身に着けていた、万能素材袋。あの中にしまってある。
「これ、つんだかもしれないわ」
そこで初めて、私は恐怖を感じた。
宝の山に見えていた動植物たちが、一気に畏怖の対象になる。さきほどまで輝いていたそれらは、今は暗く濁って感じた。
気にしていなかった生き物の気配も、現状を把握してからは怖い。
ビクリと体が震える。空気さえ、吸うのが恐ろしい。
――見知らぬ世界。常識も理も神も違う。いままで築き上げてきたコネや知識も通じない。周りを囲むは未知の物質。
どうすればいいのだろう。
もちろん、これまでも見知らぬ土地で、絶体絶命の危機に陥ったことはあった。
だが、少なくとも私には錬金できる環境がそろっていた。
こんな、杖も、アトリエも、釜もない状況に身を置いたことなどないのだ。
どうしよう。どうすればいいのだろうか。
ぐるぐると思考がまとまらない。
そして悪いことは重なるもので、今になって急に眠気も襲ってきた。
最悪だ。こんなところで眠ったら死んでしまうことぐらい、天才の私じゃなくったってわかる。
死ぬのか。このまま。
天才であることを証明できる機会だったのに。世に公表することなく、このまま見知らぬ世界で死に絶えるのか。
――誰にも知られずに、認知されずに、消えゆくのか。
「……そんなのやだよぉ」
生きたい。認められるまでは。
「死にたくないよぉ!!」
「――奇遇だネ。ボクも死にたくないヨ」
振り向けば、男が立っていた。
人がいたのか。殺気がなかったからか、気づかなかった。
「とりあえず、さっき言っていた“異世界”ってのを説明してもらおうかナ?」
その男は、私を殺そうとしていたあの刺客だった。
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