異世界のアトリエ ~アトリエがないから鍋から作る~

サムちゃん

序章 天才と初めての村

第1話 天才の失敗


 唐突だが、私は天才錬金術師だ。


 普通の人なら自分のことを天才と呼べないが、私は自他ともに認める天才なので、言ってもいい。


 いや、正確には違うか。


 今、天才になったのだ。――コレを完成させたことによって。


「ついに完成した。……異界渡りの宝珠」


 手の中で七色に光り輝く宝珠を眺め、うっとりとする。

 これによって私が天才であるということが証明された。


「さすがです、師匠」


 傍に控えていた弟子が、私のことを賛美する。彼女はその能力を見初め、私が拾ってきた子だ。昔に比べて明らかに肉付きが良くなってきた。良いことだ。


「当然よ。だって私は天才なのだから」

「はい、師匠は天才です」

「ええ、天才なのよ」


 鼻高々に言えば、弟子が肯定する。不毛なこの掛け合いが、今は無性に楽しい。


「ですが、師匠。師匠は天才であり、その頭脳は万物を超越しておりますが、残念ながら肉体はまだ子どもです。どうぞ一度休まれてください」


 そうだ。この異界渡りの宝珠はこの世の理を操作できるアイテム。作成するためには、超貴重な素材はもちろんだが、5日間ひたすら釜の中を回し続ける必要がある。つまり私は5日も寝ていないのだ。


「そうね。でもお腹が空いたわ。不眠薬のおかげでまだ眠くないし、先に食事とお風呂を済ませたいわね」

「かしこまりました。では用意してまいります。少しばかりお待ちください」

「よろしくね」

「お任せください」


 10歳も年の違う少女に偉そうに指示されても、彼女は一切怒らない。むしろ嬉しそうだ。

 シックな柄のメイド服を綺麗にさばきながら、配膳のために弟子のエフィーは部屋を後にした。


「んぅー。……あぁ、気分がいいわね」


 エフィーの居なくなった部屋で、大きく伸びをする。縮こまっていた筋肉が息を吹き返した。

「久しぶりに外の空気でも吸ってみましょうか」

 手の中で光り輝く宝珠をつるりと撫でると、私は意気揚々とアトリエの外に出た。


 青々と茂る木々。頬をなでる穏やかな風。歌う小鳥たちのさえずりと、花々のさわやかな匂い。周りを取り囲むすべてが、私の偉業を称えてくれているようだ。


「あぁ、素晴らしい。私はなんて素晴らしい」


 宝珠を太陽に掲げる。七色の輝きが一層強くなった。自画自賛。美しい。


「ああ、早く使ってみたいわ。明日、試運転も兼ねてホムンクルスに使用してみて、異界の素材を回収させて。あぁ、なんて待ち遠しい。すぐにでも私に使いたい……」


 もちろん危ないからそんなことはしないが。でも欲を言えば第一号は自分が……。いやしかし、危険だし。


「けど私は天才なのだから、失敗なんてするはずがないのよ。これも無事に異界に繋がるはずだわ」


 だから、使っちゃってもいいかな?

 不眠ゆえのグダグダな思考。頭なんて回っていなかった。だが、それがいけなかった。


 穏やかな空気が一瞬にして変わる。体を駆け回る寒気。危険察知。とっさに腰に手を伸ばす。杖を取るつもりだった。でも。


「あぁ、アトリエ内だったわ」


 ならばと、右手を前に突き出す。魔法を展開するつもりで。けれど。


「……まずいわね」


 そこには光り輝く宝珠が。先ほどよりも、深く濃く輝きを増していて。



「やっちまったわ」



 迫りくる刺客と私を包んで、その場から消えた。


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