第2話
オバサンにまつわる逸話は、まさに星の数ほどあった。若い頃はミスコン日本代表だったとか、ダンナさんは有名ロックバンドのギタリストだとか、いや芥川賞作家と離婚したとか、オバサン自身が作家だとか、有名な武将の末裔だとか、その他もろもろ。皆楽しげに、勝手なことを言っている。
どれも疑わしく、どれもありえそうなところが、かえってオバサンらしさを表しているようで、僕はそんなよもやま話を聞くのが好きだった。
一度、オバサンが以前作成したというフォーマルウェアの企画書を見たことがある。添えられたデザイン画が恐ろしく上手で、僕はひそかに、オバサンの正体は画家なんじゃないかと思っている。
そんなオバサンが、次長とぶつかったらしい、とのウワサを耳にした。理由はどうも僕の処遇についてだという。
同じ通販チームで、仕事が遅くミスばかりしている中途採用のオジサン社員がいるのだが、そのオジサンがやたらと僕をこき使うのだ。自分ですべき仕事も押しつけてきて正直ウンザリしているが、新入社員だから仕方がないとあきらめていた。オバサンはそんなオジサンの人の使い方について、何度も次長に進言していたという。
次長は長年M社に勤め、どっぷり社風に浸かった人で、細やかに部下を見るような上司ではなく、とりあえず社長や専務に怒鳴られるようなトラブルが起こらなければスルーを決め込むという、中間管理職の典型のようなタイプだ。オバサンの言うことが正論なのはわかっていながら、オジサンに注意することによって生じる軋轢の方を恐れて、オバサンの意見を聞き流していたところ、とうとうオバサンがキレたということらしい。
そのことについてオバサンが言及することはなかったが、次長の、オバサンに対するぎこちなさからして、ウワサはたぶん本当なのだろう。そしてオジサンの僕への仕事の押しつけも、あきらかに減っていった。
僕はオバサンにお礼を言いたかったが、オバサンが何も言わない以上、触れてはいけない気がして、心の中でありがとうございます、と手を合わせておいた。
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