第5話 あるいは鶴の恩返し

「ダルい」

 頭で考えて口に出していなかったことを隣の部下が声に出したので冴木は思わず失笑した。それを見た新見は「あ、思いました? 思いましたよね? くっそダルいっすよねこの事件?」と一息にまくし立てる。

「思っても口にすることじゃない」

「いいじゃないっスか冴木さんしかいないんですし。こんだけ目撃証言上がってて当の本人は全然捕まんねえとかくっそダルい、も面倒くさいんで拡声器で呼んで回りません? 名指しで。パトカーで」

「警察が迷惑行為を働いてどうする」

「つか何スかあの三沢とかいう男、貧血で倒れたところ助けてくれた女性の職場に毎日会いに来てしょっちゅう交際申し込んでプレゼント贈ってとかホントに三十路っスか。やってることごんぎつねですよ。人外スよ人外」

「そうなると案外、動物の死体投げ込みも当人なりには本気のプレゼントだったりしてな」

「それだ。冴木さん天才スね。よっしゃ帰りましょう」

「ダメだ」

 ええええと盛大にのけぞってみせる新見を無視し、時計に目をやる。昼に出勤していた店員一通りに話を聞き、周辺に聞き込みをし、十七時から出勤する社員に話を聞くためにまた被害者の職場に戻ってきたところだった。十七時まであと十五分弱。そろそろ話を聞くべき社員も出勤してくるだろう。

「行くぞ新見。仕事しろ」

「その作業、二人も必要ですか」

「いいから来い」

 渋る部下を引きずって書店へ入り、バックヤードで聴取をする。上がってくるのは昼過ぎに店員に話を聞いたときと同じ。要約すれば「毎日来ていて気持ちが悪かったが、傷害にまで発展するとは思っていなかった」という具合だ。納得できないわけでもない。青白く痩せぎすな見た目がそう思わせたのだろう。

「三沢の他に心当たりはありませんか。どんな小さなことでも構いませんので」

「他にったって、澤田さんは敵を作りやすいタイプでもないですから――あ」

 男が小さな声を上げて目線を伏せた。少し考えるような素振りをする。

「今年の一月か二月か、彼女、万引き犯を捕まえたんです。犯人は高校生で、確かそのあと保護者が乗り込んできて澤田と話をさせろと大騒ぎしていたことが」

「そのとき、警察には」

「通報しています」

 それを聞いて新見に視線を投げる。新見は頷いてポケットから電話を取り出し、席を外した。外から悲鳴が聞こえたのはその直後だった。

「冴木さん」

 新見の切羽詰まった声がして慌てて外へ出る。人だかりの中心に倒れていたのは他でもない、三沢だった。

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