第4話 地頭はいいんです
「あった」
百円均一の棚の前で、思わず呟く。現場に落ちていたチープな包丁がずらりと陳列されている。パッケージにはその店のブランドロゴが入っていて、つまり他で買うことはできないものだ。犯人はこの系列の店で凶器を入手している。おそらくは澤田さんの職場とアパートの中間にあるこの店舗で。だが確証はないし、警察でもなければ事情を聞くことなんてできない。
凶器の他に犯人を特定するもの。三沢は目を瞑る。
幼少の頃から三沢にはささやかな特技がある。見たものを巨大な写真のように一瞬で隅々まで記憶できるのだ。
その能力がいわゆる社会というもので役に立ったのはせいぜいが中学までで、それ以降は教科書を丸暗記していてもテストの点数には結びつかなかった。中学に入るとき天才だった三沢は高校に入る前には凡人、卒業するころには馬鹿の部類に入っており、大学受験の滑り止めで受けた職業能力開発校にどうにか入学、就職はできなかった。学ぶという能力が、三沢には決定的に欠けていた。
犯人に結びつくもの。靴跡。現場には靴跡があった。自分よりも小さい、おそらくは二十五か六センチほどの。前半分と踵は繋がっていないから、スニーカーではない。だが会社員が履くような革靴にしては溝の形が特徴的すぎる。ブーツかそれに準ずるもの。きっと底は厚い。
くわえて犯行は平日の昼日中だ。澤田さんのシフトは十三時からで、澤田さんは道中のドトールコーヒーで軽食を摂るために十一時には部屋を出た。
その時間に犯行に及ぶならば相手はホワイトカラーではない。もっと言うなら普通、出勤前に人を刺したりはしない。今日は休みだったはずだ。
金品目的の窃盗犯ならば、出勤前は狙わない。帰り際を狙う方が時間も状況も作りやすいし、そのためにわざわざ私有地に入る必要も無い。今回の犯人は明らかに、澤田さん個人を狙っている。
怨恨? いやありえない。澤田さんは恨まれるようなことはしない。いつでも笑顔で誰にでも優しく、時々心配してしまうほど仕事熱心でこの間だって、
そこまで考えて思考が止まった。平日の昼間。カジュアルなブーツ。チープな凶器。アパート。澤田さん。
――万引き犯。
つい何週間か前、澤田さんは万引き犯を捕まえている。確か学生だったはずだ。
もし、もしあの学生が受験生で、万引きのせいで大学合格を取り消しになって、澤田さんを恨んだのだとしたら。
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