〈寝る前映像〉としてのリアル――『君の名は。』

松房子

〈寝る前映像〉としてのリアル――『君の名は。』

私たちは、夜寝る前に布団の中で妄想している。

 

・好きな漫画のキャラクターになる

・その漫画に新キャラとして登場する

・好きなアイドルや、クラスの好きな子といい感じになる

 

などの映像ヴィジョンを、毎晩夢想している。

 『君の名は。』は、この、夜の〈寝る前映像〉としてめっちゃリアルだ。

 

〈寝る前映像〉の特徴、「都合の良い展開、設定、ブツ切りシークエンス」は、『君の名は。』を構成する要素そのものである。

 

特に「ブツ切りシークエンス」。

夜寝る前の妄想は、自分がグッとくるシチュエーション「単体」であることが多い。2~5分や20分で1シチュエーション、眠れなくて2時間かけて4シチュエーションのこともある。

10分間の妄想だろうと、伏線もめっちゃ敷く。その伏線は3ヶ月前の夜から敷いてたりする。毎夜連続もののストーリーを5年くらい更新している人もいるし、今日はあれにするか、とかけもち連載状態の人もいると思う。ストーリーテリングに長けた人や設定フェチの人は、登場するモチーフに観念や意味を込めたりする。

『君の名は。』に「MV的」、「エロゲのオープニング映像をダダダと繋げたみたい」な印象を受けるのは、この1シチュエーションを1シークエンス(映像のまとまり)にして、そのまま繋げているためだろう。

「1シチュエーションにつき、1盛上がり」というシークエンスが怒涛のように紡がれ、そのスピード感が観る人に高揚感を与える。この状態は、かつてテレビが、鑑賞者の脳が情報を解析できる前にネクスト情報を送り、テレビ画面に視聴者を引きつけていた半秒症の症例に近い。

〈寝る前映像〉に「捨てカット」(家の全景など)まで用いている人は、相当なつわものである。 盛上がりシチュエーション(シークエンス)がひたすら並べられていくこと、これがまず、〈寝る前映像〉と『君の名は。』の共通点である。*1

 

                  *

 

誰も、『君の名は。』について、納得のいく評をくれなかった。

渡邉大輔さんだけが唯一、この映画の「画期」について書いていた。

 

私は『君の名は。』が特に若年層に人気だったのは、彼らが脳内で見る映像に近いからじゃないかと思う。私たちは、映画の編集や「ショットつなぎ」のようには、全然世界を見ていない。そして、その定型に付き合う忍耐力はもはやない。ニコ動やyoutube、huluでは、時間をいくらでも飛ばし、見たい所だけ見る。カーソルを操作する。あるいは、ただ眺めるのは暇なので、ニコ動のコメント付きで再生したくなる。『シン・ゴジラ』『この世界の片隅に』も、セリフや作画、演出の放射で、見ていて息をつくゆとりはなかった。

 

                  *

 

〈寝る前映像〉と仮定して、実際のシーンを照らしてみる。

センパイ(美人)のスカートを、悪漢がカッターで切る…

シーンがあったと思う。

「スーツを着た悪漢(染髪、長髪の若者)」が「カッター(剥き身の)」…

どこから?

学生か?

現実社会におけるリアリティは全くない。しかしこれは〈寝る前映像〉として、めちゃくちゃリアルだ。「美人、スカート、染髪、長髪、スーツ、カッター」これらは全て記号の具現化である。

〈寝る前映像〉は、基本的に寝る前に想像される。脳が半分休息状態であり、自分がグッと来るシチュエーションのために必要な小道具や設定は、たいてい最初の思いつきが採用される。しかし、そのファーストアイデアは、最も無意識を反映し、かつ普遍性を持ち得ていたりする。

 

たとえば、なぜ「カッター」か。

『君の名は。』と同じカフェレストランの舞台で、

「悪者に襲われる美女を救う」を妄想してみる。

 

・先輩が殴られる=アザや顔の造形が崩れた女は萎える

・先輩の服が切られる=先輩の下着が皆に見えてしまう→世の中という視線に犯されて自分より弱い存在となった人物を自分が庇護する優越感が得られる。

・敵が刃物に頼らない、筋肉質の人だったら負けてしまうかもしれない。

・先輩を助けたら、感謝や尊敬の念をもらい、付き合えるかもしれない*2

 

といった内容を一瞬で想定し、寝る前の自分が不快にならないモチーフを取捨選択する。*3 それで、「剥き身のカッター」となる。

不良が汚れたペンケースからカッターを取り出すリアリティは、〈寝る前映像〉的な記号モチーフによる演出映像において、むしろリアルじゃない。具体的に写実してしまえばしまうほど、イメージとしての普遍性、共通イメージとしての「悪」「脅威」の提示から遠ざかってしまう。それはアニメーションが得意とする、主観表現としてのリアルではない。*4 

 

『君の名は。』には、「そんなバカな」といった設定、モチーフ、展開がたくさんある。そもそも「男女の魂は入れ替わったりしない」が、私たちが大林宣彦の『転校生』含め、その点に「そんなバカな」と言わないのは、その状況に説得力やリアリティを見出せる(ように演出されている)からだ。

だから、『君の名は。』に「そんなバカな」を抱かなかった人たちは、「映像の提示方法」にリアリティを感じたのでないだろうか。私たちは脳内で短いシークエンスとして映像を組み立てることがある。その羅列と主観的なイメージによる表象記号というセットが、日常行為としての妄想ヴィジョンとしてリアリティを持ち得たのでないか。

カメラに写るものだけがリアルでない。空想や妄想、脳内ヴィジョンにおける映像の組み立ても、私たちが普段、リアル(現実)に行っている経験である。

 

                  *

 

〈寝る前映像〉としての親しみやすさと、そこで扱われる表象が非常に普遍的で分かりやすかったから、特に中高生に人気だったのではないだろうか。それは幼さというより、触れてきているメディアの違いだと思う。一方で、私たちは年代に関わらず、中学、高校、そしてその後も、メタファー、二項対立、象徴、美しい景色などが好きで、『君の名は。』はそれらの嵐だ。

 

『君の名は。』が、もし結果的に〈寝る前映像〉の可視化となっているなら、これはすごいことだと思う。*4 *5 *6


・2時間映画のオーソドックスな編集を逸脱したこと

・妄想の可視化でなく(それは今までたくさんの作品が仕掛けてきた)、妄想の構築方法(ショートシークエンスの羅列)を表したこと


がすごい。

焚きつけるような映像放射の作品は、今までにたくさんある。だからこそ、ショット単位でなく、小シークエンスの羅列を『君の名は。』(また『この世界の片隅に』)の特徴に挙げたい。

 

映画では園子温が『地獄でなぜ悪い』において、ゴダールらが散々やっていた「現実/虚構」をようやく「妄想/現実」に置き換えてくれた(しかし、この点について述べた映画評はまだ見ない。また、『シン・ゴジラ』のキャッチコピーは「現実対虚構」で、そうした文脈を愛する製作者、観客たちに支えられている。)。

アニメーションにおいては初めから「虚構X/虚構」である。これが「脳内ヴィジョン/虚構」になるとして、そんなイカれた作品が、まだ日本から生まれてくれることがとても嬉しい。

 

                 ***

 

私は新海誠をpanpanyaと合わせて、〈ニュ〜風景論〉の人だと思っている。新海誠批評、初期の言説「風景が主役であることを表すために、あえてキャラクターを下手に描いている(or 下手で構わない)」は未だ続行中で、『君の名は。』においては「風景以外の主導権を他者に託した」だけだと思う。

もちろん風景というのは、見る人の心の状況によって、いかようにも変化する。だから新海誠の風景から、シチュエーションだけは切り離すことができない。キャラクターが置かれている状況だから、あのような景色になっている。

彼は今も、風景を描きたいため、描き続けたいためにアニメーションを作っている。

 

 

*1 ファッション系WEBコンテンツの映像ビデオにも、「捨てカット」はない。もはや私たちは映像をヨコの時間軸(一定方向に流れていく一連の時間を見るもの)でなく、タテの時間軸(モニターが次々と表示していく情報を積み上げるもの)として受け取っている。ショットの順番を多少入れ替えてしまっても成立する映像が多くなっているということ。

*2 『君の名は。』において、ここで先輩を救ってしまうと、ミツハエンドでなく先輩エンドになってしまう&糸の伏線を関係させたいので、映画において、先輩のスカートは切られる。

*3 ここに挙げたのは、サンプルである。特殊性癖の人はその嗜好に沿ったアイテムを、またいつも同じシチュエーションを妄想している人は、「先輩の救い方」がパターン化されているので、すぐに妄想モチーフが取り出せる人もいるだろう。 

*4 だからこそ、実写カメラが得意とする日常的所作をアニメーションで捉えてみせた『この世界の片隅に』の価値がある。

*5 記号的な状況表現としての〈寝る前映像〉でなければ、息を切らしながら走るミツハが都合よく転び、都合よくその弾みで目の前に置かれた手に書かれたコトバを見るなんて描写、どのように受け取ったらよいのだろう。ミツハとタキが出会う超空間も『ハウルの動く城』の超空間(ハウルが幼少期の姿でいる彼の心の中)の似せ型でしかなく、どのように解釈したら良いか私は分からない。

*6 〈寝る前映像〉と、彼らが「寝てる間に入替わる」という特徴を擦り合わせて考察したりはしたくしない。

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